烈戦記
『いえいえ』
『ところで兵士達からはなんと?』
一瞬で場が静まり返る。
兵士達は次の僕の言葉に固唾を飲んで待った。
『いや?みんな僕に会えて嬉しいってさ』
『帯坊様!!』
『帯坊様!!』
兵士達からまたも歓声があがる。
結局様付けはしても僕は帯坊のままなのか。
そこに少し不満を感じたが今は不問にしよう。
凱雲は見え見えの嘘に溜息をついていた。
凱雲には悪いが僕もあの二人には返さなければいけない借りがある。
それに近い内に兵士達との密約は明らかにされる。
それまでは我慢してもらおう。
『あ、それより凱雲。寝なくて大丈夫?』
『いえ、職務は職務ですので』
やはりこう返されるのか。
だが、折角のいい機会だ。
ここはもう一つ兵士達に恩を売っておこう。
よかったな、兵士諸君よ。
今僕は最高に気分がいい。
『ダメだよ。凱雲が体壊しちゃったらそれこそ一大事だよ』
『いえ、私はこういった事には慣れていますので』
『慣れていたっていつかはそのしわ寄せがきちゃうよ。無理せずに今日くらい…』
『兵士達もそれは同じです。それなのに私だけが休んでいては示しが付きません』
ぐぬぬ。
中々引き下がらないな。
だが、僕だってここで引く訳にはいかない。
さっきから僕へ浴びせられている兵士達の無言の応援と期待に僕は答えなければいけない。
そうだとも。
今の僕は兵士達の希望そのものなのだ。
兵士達よ、任せておけ。
そう僕は背中で語った。
僕は奥の手を使う。
『…なんかごめんね。僕が村を出るのが遅れたばっかりに』
『いえ、別れを惜しむのは誰しも同じですよ』
『でもそのせいで予定が狂って寝れなかったんでしょ?』
『いえ、そんな事は…』
『なのに僕はこんな時間までグッスリ寝ちゃって。それに良く考えれば僕が村で話をしてる時もずっと凱雲は後ろで何も言わずに待っててくれてて…凱雲だって相当疲れてるはずなのに僕は…』
『…』
沈黙。
僕にはこれが精一杯だ。
流石にこれ以上は怒られる。
みんなもそれはわかっている。
もう後は無い。
これが最後のチャンスだ。
静かに流れる時間の中、僕と兵士達は固唾を飲んで次の言葉を待つ。
どうだ?
『…わかりました。少ししたら私も休暇を頂きましょう』
『『『『ウォー!!』』』』
一際大きい歓声が湧き上がる。
その声は駐屯所の柵の向こうにまでそれは聞こえていたらしく、道行く人々も何か何かとこちらを見ている。
兵士達は皆喜びを噛み締めていた。
ある者は抱き合い、
ある者は涙し、
ある者は僕に向かってただひたすら頭を深く下げていた。
その中心に僕がいた。
それがとても嬉しくもあり、誇らしくもあった。
だが、今は凱雲が目の前にいる。
演技とはいえ、無理矢理凱雲の予定を狂わせたのだ。
まだ勝利の余韻に浸る訳にはいかない。
僕は最後まで演技を貫き通さねばならない。
『よかった!!これで今日の夜も安心して寝られるよ!!』
『えぇ、何も心配なさらずグッスリお休みください』
『うん、それじゃあ僕も宿舎に戻るね』
『はい。お気をつけて』
僕は兵士達の熱い視線に見送られながら宿舎へ向かった。
なんだこの茶番は。
凱雲は豪帯の去った後、浮かれる兵士達の中で一人冷静にそう思った。
訓練を拒むが故に関主の息子にまで寄って集って大の大人が頭を下げ、更には阿呆の用に声を上げ涙を流している有様だ。
しかもこれが我らの街を守る兵士である。
豪帯様が絡むといつも私は溜息をつく羽目になる。
一体何回目の溜息なのだろうか。
そうしてまた一つ大きな溜息を着く。
そして気を引き締め直す。
『皆の者!!』
その号令に皆、何時にも増して背筋を伸ばす。
だが、決して気を引き締めた訳ではなく、ただこの後の自由な時間への期待から体に力が入っている。
まったく阿呆ばかりじゃ。
『引き続き槍による迎撃訓練に入る!!隊列に戻れ!!』
『『え!?』』
『何がえ?じゃ!!早よう隊列を組め!!』
一人の兵士がワシの前に来る。
『凱雲様、それはあんまりじゃ!!今帯坊と約束して休暇を取ると言ったではありませんか!!』
周りもそれに加わる。
『そうじゃそうじゃ!!』
『帯坊との約束はどうなるんですか!!』
『破られれるんですか!?』
より一層力強く目の前の兵士が乗り出す
『凱雲様!!帯坊との約束はどうなさるんですか?!』
ドカッ
『ウグッ!?』
『『ッ!?』』
目の前の兵士の顔を殴る。
皆その光景に唖然とした。
『さっきから聞いておれば上司のご子息に向かって"帯坊"とは何事か!!』
『す、すみませんでした!!』
兵士が頭を下げる。
『し、しかし!!凱雲様は豪帯様との約束を破られるのですか!?』
『いや、約束は約束じゃ。守るに決まっておるじゃろ』
『でしたらなぜ?!』
『ワシは"少ししたら休暇を取る"と言ったんじゃ』
『『!!!!』』
『なに、ワシも鬼ではない。それ程時間をかけようとは思わん。安心せい』
その言葉で兵士達の顔に安堵が見えた。
そんな顔をされてはワシの心も揺れてしまうではないか。
『じゃから、残りの少ない時間で全ての予定を終わらせる。泣き事は許さん』
『『!?!?!?!?』』
兵士達の顔から安堵が消える。
誰かが厳しくなければいかんのだ。
許せ。
『貴様ら…覚悟せい』
僕は道行く人々の中にいた。
本当なら気が滅入ってしまうが今の僕は最高に気分がいい。
何たっていつも僕を帯坊帯坊と馬鹿にする奴らが僕に涙し頭を下げたのだ。
こんなに嬉しい事はない。
嬉しさのあまり今だに身体の熱が冷めず、その熱が僕の高揚感を醒ます事をさせない。
こうも密集した場所で無ければ駆け足で走り回りたい程だ。
そうこうしている内に宿舎についた。
僕は宿舎の管理人の所へ向かう。
『おじさん!!』
『あ、豪帯…』
声をかけたはいいが僕の舞い上がった気分とは裏腹に、何故かおじさんは僕の顔を見るなり気まずそうな顔をした。
『ん?どうしたの?』
『いや…実はな』
おじさんが気まずそうに話し始めた
『豪帯が借りてた部屋があったじゃろ?実はあの部屋に客が来てしまってな』
『え?僕の部屋に?』
『そうじゃ、偶然あの部屋の前を通ったら居ない筈の部屋に人がおってな。そして中を見てみればそいつが寛いでおったんじゃ』
『勝手に?』
『うむ…』
『まさか…今もそいつ居るの?』
『…すまん』
『すまんじゃないよ!!だったらそいつ追い出してよ!!あれは父さんが借りた部屋でしょ!?』
『いや、そうなんじゃが…』
『そんな常識知らずの為に何を躊躇ってるの!?お金でも積まれたの!?』
『ち、違う!!違うんじゃが…』
頭に来た。
折角のいい気分が台無しだ。
このおじさんは気のいい人ですごい好きだったのに幻滅してしまった。
まさか、後から来た奴に借りられた部屋を譲るなんて。
『…もういいよ。僕が追い出してくる。』
『あ、豪帯!!やめときなさい!!』
僕は無視して部屋へ向かった。
そして部屋の前。
おじさんが追い出せないような人が中にいる。