魔獣物語〈序章〉
「カナぁぁー!!」
最初にカナが魔人の攻撃を受けた時と同じように、タミナが悲痛な叫び声をあげた。
だが、今度はタミナばかりではなく、ダンも同じようにカナの名を叫んでいた。
カナは悲鳴をあげなかった。
即死したかもしれない。
最悪の可能性を頭から振り払うように、ダンがカナに駆け寄り、その体を抱き起した。
タミナも、カナのもとへ駆け寄ろうとする。
それをダンが大声で制した。
「来るな!大丈夫!生きてるから!」
そう叫んだダンだが、実際には、まだカナの生死は確認していない。タミナに出て来られては困るから、咄嗟にそう叫んだだけである。
タミナを安心させるために。
それ以上に、自分がそう信じたかったから。
ダンに怒鳴られ、タミナは硬直したように、その場に留まった。「生きている」と言われて多少は安堵したものの、とてもではないが、無事には見えない。
だ が、ダンの言葉には逆らえない迫力があった。
魔人は立ち上がろうとしたが、よろめいて、また尻餅をついた。
右腕は切り落とされ、それ以外にも大小いくつもの傷を負っているのだ。あまりの出血量に、さすがの魔人の体もついていけなくなってきているのである。
ダンは祈るような気持ちで、カナの首筋に指をあてた。
(生きてる!)
弱々しいが、確かに脈がダンの指にふれた。
生きてさえいれば、回復魔法が使える。ダンが最も得意とする魔法は、回復魔法なのである。
ダンはありったけの魔法力を回復の力に変えて、カナの体に注ぎ込んだ。
破裂した内臓を修復し、砕けた骨は大きな箇所だけ繋ぎ合わせた。
これで、命は取り留めるだろう。
だが、これが限界である。完全回復は到底、不可能だった。カナは戦線離脱するより他にない。意識すら戻っていないのだから。
しかし、それはむしろ好都合とダンは考えた。
カナに魔人は斬れない。
それがわかったからである。
よく考えれば、それは当然の事と言える。それに気付かなかった自分の迂闊さに、ダンは呆れた。