魔獣物語〈序章〉
「助かった…。」
村人の1人が、ぽつりと呟く声が響いた。
すると、張りつめていた場の空気がフッと緩み、カナは力尽きたように倒れ込んだ。
「カナ!」
タミナが、カナに駆け寄った。
カナを抱き上げ、膝に乗せる。
母親の膝の上に乗せられたカナは、先程まで魔人と死闘を繰り広げていた戦士とは思えない、実年齢以上の幼い表情を見せ、母親の胸に顔をうずめた。
他の人間から一呼吸遅れて、ダンも緊張の糸を解そうとした。
が、その時、ダンは気付いた。
魔人が、完全に死んではいない事を。
そして、魔人の中に、凄まじいレベルの魔法力が高められている事を。
普通の人間が魔人になったからと言って、魔法が使えるようになったりはしない。
この魔人は、もとから魔術師だったのだ。
魔獣化して理性を失い、魔法の使い方も忘れていた魔人が、死を目前にして、それを思い出したのである。
突如、空に積乱雲が現れた。
雷撃による攻撃魔法。超高等魔法である。
攻撃対象は、魔人の前方にいるすべての人間。
カナ、タミナ、そして、それ以外の村人全員。
魔人のやや後方にいたダンだけは、攻撃対象から外されている。
そして、魔法は発動された。
と同時に、魔人は力尽きて息絶えたが、一度、発動された魔法は、術者が死んでも効力を持つ。
もはや、魔法は止められない。
これを防ぐには、攻撃対象に魔法が到達するよりも先に、他の魔法を無力化する対抗魔法をかけるより他にない。