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真朱@博士の角砂糖
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私の手の中で星が死んだ

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夕立が去り、あたりは雨と土と草のにおいがたちこめていた。濡れた草の上を歩くと、サンダルを履いた足が濡れた。
私は手を引かれるままに歩いた。
アスファルトの道をそれて細い砂利道に入ったときは少し不安になったけれど、でも彼女と一緒なら大丈夫な気がした。
しばらく砂利道を歩き、その道もまたそれて、今までに歩いたことのないような場所を歩いた。辺りが暗くなり始めていてよくわからなかったけど、おそらく道ではなかっただろう。林の中を歩いたのだと思う。
濡れたサンダルのせいで何度か足が滑り転びそうになった。時折腕や顔に細い木の枝が当たった。私は段々不安になり始めていた。
このままついていって、大丈夫だろうか。悪い人だったらどうしよう。怖いことをされたらどうしよう。でもここで彼女を振り払って逃げても、暗い森の中で迷子になってしまうかもしれない。いよいよ涙が出そうになった時、私の手を引く彼女が立ち止まり私を振り返った。
「ここよ」
彼女は私を引っ張り隣に立たせ、ようやく手を離した。
もうあたりは暗くなっていた。微かに水の音が聞こえる。川か池かなにかかなと私は思った。
「よく見ていてね。どっちが先に見つけるか、競争しましょ。いい?星みたいな虫よ」
私はあたりを見渡した。暗い中にさらに暗い草木がざわざわとうごめいている。星みたいな虫って、一体どんなだろう。星の形をしているのだろうか。それとも流れ星みたいに飛ぶのだろうか。
その時だった。私は少し離れた場所で微かに黄色のような白のような小さな光がふわふわと舞うのを見つけた。私は隣にいる彼女のスカートの裾を引っ張り、小さな光が舞う方を指差した。
「すごい、見つけたの?」
彼女が私の指差す方を見た瞬間、光が消えた。私は首をかしげた。
「じっと見てるのよ。きっとまた光るわ」
私と彼女はじっとその方向を見つめた。
「あ」
私と彼女が同時に声をあげた。私は、彼女の前で初めて声を出したなぁとぼんやり思った。
「そう、あれよ。あなたの勝ちね」
彼女は嬉しそうに言った。
「ホタルっていうの。虫なのよ。綺麗でしょ?」
私はうなずいた。
「見て、あっちにもいる」
ホタルは一匹、また一匹と増えてきて、やがてあたりはまるで星空のようになった。私と彼女は黙ってずっとホタルを見ていた。
私はふと、自分の足元でもホタルが光っていることに気付いた。しゃがみこんで葉っぱにとまるホタルを見つめる。暗くてよくわからないけど、どうやらお尻の部分が光っているようだった。本当に虫だったので、私は少しだけ心臓がどきどきした。
気付くと、隣に彼女もしゃがみこんでいた。小さな鞄を開け、なにかを取り出す。それはオレンジジュースの空き瓶だった。彼女は金属の蓋を開けると、ホタルの止まる葉に瓶の口を近付け、もう片方の手で優しくホタルを覆った。気付いたときには、ホタルは瓶の中だった。彼女はきゅっと蓋をしめて、私に手渡した。
「おみやげ」
受け取ると彼女は微笑んだ。
ホタルは瓶の中で静かに光っていた。私はじっと瓶の中の星を見た。星を手に入れたような気持ちだった。
「帰ろうか。心配をかけたらいけないわ」
彼女はまた私の手を引いた。
私は歩きながら後ろを振り返り、星空から星をひとつ盗んだようなわくわくした気持ちになった。
瓶の中の星を見つめながら歩くうちに、いつの間にかバスの待合所まで戻って来ていた。
「今日はありがとう」
彼女は私の手を離して言った。
「とても楽しかったわ」
私はうなずいて、帰ろうと足を踏み出した。けれど、この人は帰らないのだろうか、と思い、振り返って彼女を見た。彼女は待合所の中に入ろうとしていた。私に気付き、微笑んでバスの時刻表を指差した。
「バスを待ってるの」
彼女は私に手を降って、待合所の中に姿を消した。



私が玄関を開けるとお父さんが心配そうな顔で駆け出してきて、私を見てほっとした笑顔になった。
「遅かったね、心配したよ」
「おともだちができたの」
お父さんは嬉しそうに笑って私の髪を撫でた。
「泥だらけじゃないか、お風呂に入ってきなさい」
私は部屋へ上がり、鞄の中から星を取り出した。明るいところで見ると、本当にただの虫のようだった。私は気づいていた。そう、これは虫なのだ。生きている。このままでは死んでしまうのだ。蓋を開けて窓の外に逃がしてあげなければ。
私は部屋の窓を開け瓶の蓋に手をかけた。その時、窓の外の暗闇の中で瓶の中の虫が光を放った。綺麗だなと思った。
私は、星が死ぬのを見てみたくなった。
私は窓の外に突き出した腕を引っ込めて窓を閉め、部屋を見回して押し入れの前に立った。戸を開け、布団を出し、四つん這いになって押し入れの奥に潜り込んだ。中から戸を閉め、体操座りをして瓶を見つめる。星は私の手の中にあった。光っては消え、光っては消えた。
ひとしきり見つめると、私はめいっぱい腕を伸ばして、押し入れの一番奥に瓶を置いて外に出た。

結局、私はその日以来星の入った瓶を見ることはなかった。死を見るのが怖かった。

それから、あの女の人に会うことも二度となかった。それはなんとなく、分かっていたことだった。