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(続)湯西川にて 21~25

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(続)湯西川にて (25)膝枕と浜のクジラ伝説
 
 
 
 浜の漁師たちは、風さえなければ、毎晩のように海へ出かけます。
 宇吉は、父親がこしを痛めてから、弟の千代吉と二人で舟に乗っています。

「おとう、そいじゃ、今からあみ打ってくらあ」
「たんと、とってくるでな」
「おお、浅瀬に乗り上げるじゃねえぞ」

 宇吉と千代吉が外へ出ると、満月の明かりが引き潮の浜を照らしています。
いなの追いこみ漁には、もってこいの夜でした。港の方へ回り、
さっそく舟に乗りこみます。

「さあ、いくぞ!」
「おおっ!」

 宇吉のいせいのいい声に、千代吉も答えてこぎ出しました。
 舟は干がたを回って、玉屋川の河口沖にさしかかります。

「ようし、あみを打つぞ」
 千代吉があみに手をかけたとたん、
「ありゃりゃ、へんだぞ!」
 すっとんきょうなさけび声をあげました。


 舟のへ先がぐっ、ぐぐっと、持ち上げられていくのです。
「しまった、乗り上げたか?」
 宇吉が大声を張りあげ、かじをとろうとした時、舟は大きくゆれ、
あっちへぐらぐら、こっちへぐらぐら。
 とうとう、兄弟は海へ放り出されてしまいました。

「千代、だいじょうぶかあ」
「おお、兄ィも、いいか」
 二人は声をかけ合って、もがきもがき、何とか浜辺にたどり着きました。
 ふり返った二人はびっくりぎょうてん。

「な、な、なんだ、ありゃ!」
 月明かりの中に、ぬめぬめと黒光りのするえたいの知れない怪物が、
うねるようにもがいています。


「大変だ、大変だ」
 とにかく、みんなを呼ぼうとかけ回ります。
次つぎと漁師仲間や近所の人びとが集まって来ました。
不気味な生き物を指差しながら、さわぎはどんどん大きくなっていきます。


 とつぜん、
「くじらじゃ、あいつはくじらじゃ」
 人垣の後ろの方から声がしました。見ると、いつの間に来たのか、
宇吉の父親が、つえを片手にさけんでいます。

「おっとう、体はいいのか」
「何の、何の、この浜のさわぎに、おれがだまっておれるか」
「さあ、何ぐずぐずしとる。早くあいつを引き上げるんじゃ。
つなとろくろを持ってこい」
 おとうは一段と声を張りあげて、漁師たちに指図しました。


 海岸の松の根元に地引きのろくろをしばりつけ、そこから太い、
長いつなを引っ張り出しました。
漁師たちとくじらのかくとうのはじまりです。
何度も尾でたたきつけられ、そのたびにやり直しましたが
とうとう、くじらの尾につなを巻きつけました。

 ろくろがゆっくり回されると、大きなくじらはズルズルズルと
浜辺に引き上げられました。
わっと言う声が黒山の人だかりからあがります。
庄屋さんもやって来て、思わぬえものに大喜びです。

 次の日、村じゅう総出でくじらをさばき、くじら寄り合いが開かれました。
一部分はお上へ差し出し、残りは村人たちで分けました。
 もちろん、一番分け前が多かったのは宇吉、千代吉の兄弟でした。

  *ろくろ ……… 地引網など重い物を引いたり、
 上げたりするのに使う滑車のこと。


 清子の膝へ頭を置いた俊彦が、目を細めています。
木蔭を吹きぬける風はあくまでも気持ちよく、清子も遠くの景色をぼんやり
見つめながら、同じように目を細めています。


 「江戸時代の末期、安政三年(一八五六)のでき事で、
 牧野栄助という人物が、日記風に書いた古文書の中に残されていた話だ。
 浜に上がったくじらは、長さ、胴回りともに、二十間(約三十六メートル)
 となっているが、少し大げさすぎる表現だと思われる。
 しかし、それほど当時としては驚きが大きかったのだろう。
 クジラは当時のならわしとして、役所へは四分、村人に六分の割合で
 分けられたという話だ」


 「ねぇ、俊彦。
 風に吹かれているうちに、すっかり気持ちがよくなってきました。
 あなたも、すこし眠って下さい。
 今夜の酒宴のためにも、すこし気力と体力を蓄える必要なども
 ありそうです。
 なぜか、ひしひしと、本日が天王山になりそうな気配が、
 漂ってまいりました。
 私も眠りますので、あなたも眠って鋭気などを養ってください」


 「なんで、今夜が天王山という予感がするの。
 君には・・・」


 「深い事情は知りません。ただの、女の直感です
 見るからに頑固一徹そうな、クジラ漁師の鬼瓦さんを中心に、
 美人で気建の良い一人娘のお嬢さんが居て、
 それにゾッコンで惚れこんでいるという、
 私たちのお友達の、不良の岡本さんまでからんでいます。
 それだけでも只ならぬ気配が漂よっている組み合わせだと言うのに、
 なにやら別の事態を含めてまして、どうやらあなたが、
 それに、一枚咬んでいるような様子です。
 もつれたしがらみの糸を解くために、男同士が酒を呑み、
 男同士で、けじめをつける・・・・そんな気配がムンムンといたします。
 いえいえ、ただの杞憂です。女の第六感に過ぎません」


 「女の直観か・・・・鋭どいね、君は」


 「でも、とりあえず、そんなことは今はどうでもいいじゃありませんか。
 この気持ちの良い、景色と、そよ風の優しさは最高です。
 世の中と言うものは、所詮がなるようにしかなりませぬ。
 とりあえずは気持ちよく、ひと眠りなどをいたしましょう。
 果報は、寝て待てです・・・・・うっふふ」


 「君が言うとおりだ・・・・なるほどね、最高の膝枕だ・・・・」


(26)へ、つづく