キスをした
先生がしびれを切らしたのか、言葉をかける。
「……先生は…好きな人っていましたか?」
「ええ、居たわよ…恋のお悩みね」
先生の質問にか無言だった。たぶん頷いたのだろう。
「その……えっと…好きな人が…その…」
「なに?恥ずかしがらず、言ってごらん」
「……その、好きな人が
だったらどうしますか?」
めぐみの言葉に私は強い衝撃をうけた。暫く、頭が回らなかった。
「え?」
どうやら、先生も混乱しているようだ。そうだろう……だってめぐみは……
その、好きな人が‘同性’だったらどうしますか?
と言ったのだから。
「つまり、めぐみさんの好きな人は…つまり女の子ってこと?」
「はい…そうなんです」
めぐみは戸惑いながらも答えた。
……え?めぐみが?女の子を好き―――?女の子って?誰?
私はかなりパニクっていた。
「……同じクラス?」
「はい…実は……今、そこで眠っている…藍が……その、好きなんです」
――――ワタシ?一気に思考停止。
「藍さん?」
「はい……」
「そう…親友だったわよね?その好きって、友達とかの好きじゃないの?勘違いしてない?」
「いえ…藍と一緒に居ると幸せで、藍が他の人と話しているだけで胸が苦しくて……ずっとずっと、藍の事を考えているんです」
「そう……どうして、恋愛的に好きになったかは…分かる?」
「……分かりません。気付いたら…」
「過去に女の子を好きになったことは…?」
「いいえ…初めてです…………。これって…女の子を好きになる事は…やっぱり恥ずかしいことですか?ダメな事ですか?」
「…私はそうは思わない。最近はそういう子も増えているし…それに同性どうしで結婚する例もあるから…。あなたも、思いきって告白してみたら?」
「…私、怖いんです……。告白して、振られると思うんですけど、それから…また友達に戻れるかどうかって…」
「そうよね……」
二人の言葉が右から左へ流れている。何を話しているか、分かるけど…分かりたくない。藍は私の事が好き…恋愛的に。私は?私は?めぐみの事は好き……だけど恋愛的に見たことない。絶対見れない…めぐみは女の子だし。でも、どうしよう…明日から……どうしよう…めぐみとどうやって接すれば良いの?
頭の整理も終わらないまま5時限目が終わった。いつのまにか天気は雨に変わっていた。
「あーーい!やっほー!」
「藍ちゃん、大丈夫??」
教室に入るとすぐめぐみと美香ちゃんが声をかけてきた。私は思わずビクッとした。さっきの話が頭によぎる。
‘藍が……その、好きなんです’
「やっほ…うん、大丈夫みたい」
「そっかそっか…私は嬉しい――」
バシッと音が響く……でも騒がしい教室ではわずかな音でしかない。私をめぐみがなでようとしていた……その手を思わず払いのけてしまった。めぐみは目を見開いてびっくりしていた。
「あっ…!ごめん……まだ少し、痛いから…。その、ごめんね」
めぐみは、びっくりした顔を笑顔にかえた。
「そっか、ごめんね…!」
「本当にごめん…」
「藍、6時限目始まるまで、少し休んでて?めぐみ、邪魔しちゃダメだよ~」
「さすがに邪魔しないよ!早く元気になると良いね」
「…ありがとう」
美香の言うとおりに席でその休み時間は休んでいた。少しだけひとみが気になって、ちらっと見たらひとみは少し悲しそうな顔をしていた。その日の授業が全部終わり、放課後、めぐみから私は逃げるように家に帰った。
「ただいま…」
「あら、おかえり!今日、お父さんとお母さん今出かけなきゃいけないから、夕ご飯ごめんだけど、買って食べてね」
「はーい」
「元気、ないみたいね。栄養ドリンクも買って飲んだら?」
「そうだね、元気ないと父さんも悲しいよ」
いってらしゃい……二人が出ていくと、急に寂しくなった。
「ご飯は、後で買いに行こう……」
そろそろお腹も空いてきたから私はご飯をコンビニに向かった。カップ麺と栄養ドリンクを買い、家に帰る途中、めぐみと会った。
「おっ、藍~。今日は先に帰ったんだね!びっくりした~」
「うっ、うん…。ちょっと早く眠りたかったから」
「そうなんだ…買い物?」
「親、出かけているから…」
「そうなんだ~」
「じゃあ、私行くね!」
「えっ…」
私はダッシュして帰った。
「ハァ…ハァ…」
めぐみと話したくなかったから、会いたくなかった。胸が苦しい…嫌な感じしかしない。女の子が女の子を好きって…不純すぎる。私はめぐみに偏見を持ってしまったのだ。
その日は涙にくれて眠った――――。
朝、今日は朝から雨。
私は一週間、めぐみから逃げていた。逃げていたというか、避けていた…冷たい態度をとってしまっていた。本当は、ダメな態度だって知っているけど、どうしても自然にそうなっちゃう。…めぐみとは今は話せない…。
日に日に、めぐみは大人しかった。少し、可哀想だと思ったけど、やっぱり嫌な気持ちの方が大きい……結局その日も逃げるように家に帰った。
「おかえり、最近早いのね!」
「ただいま、うん…宿題があるから…」
宿題があるのは本当だった。でも、10分で終わりそうなプリントだ。夕ご飯が出来ていたので、ご飯を食べて部屋に行き、着替えた。
「さあ、宿題するか……あれ」
鞄のどこを探してもプリントが見つからない。
「学校…かな。7時だし、取りに行こうかな?」
めぐみもきっと帰っているだろう…そう思い、私は家を出た。外は凄い大雨だった。
「すごい大雨…」
車も人も全然通って居なかったので、やけに雨の音が響いていた。
「ん?」
私が学校に行く途中に小さな公園がある。そこの入口に地面に座っている女の子が見えた。
「うちの制服……」
その人は雨で良く見えないが私と同じ学校の生徒だろう。しかし、傘を差していない。こんな雨の中、傘も差さないでいるなんて……だんだん近づいていくにつれて、女の子の顔が見えてきた。
「――――っ!」
めぐみだった。髪は雨で顔にひっついていて、目は死んでいる。否、顔全体が死んでいた。ただボーッと遠くを見つめている。体が勝勝手に動いた。
「めぐみっ!!何してるの!そんなとこに座って!バカっ、風邪ひいちゃうよ?!」
「あっ…ぁ………あ、い?」
「…うん……私だよ?」
めぐみはボーッとしたままで、こっちを見ない。よく見ると、泣いている。
「あい、藍……あい!」
「なっ、なに?」
「どっ、どうして……先に帰っちゃうの?」
…!!めぐみは顔をくしゃくしゃして泣いていた。
「もっ…も、しかし、て…前、の…話聞い、てったの?それっで、私を避けて…たの?」
「…」
何も言えなかった。本当に、何も…。図星だったから…。
「そう…だよね……。女の子が女の子好きだ、なんて…気持ち悪いよね。」
ひとみは人生が終わったかのような顔で…絶望に満ちた様なかすれた声で呟いた。
「気持ち…悪くないよ!」
「じゃあ、なんで避けてたの?」
「それは…体が勝手にっ」
「…気持ち悪いと思ってるんだよ…体が勝手に避けてしまうって……生理的に無理ってことだよ…?」