しかくのなか(4/10編集)
昔から、虚ろなものには聖なるものが宿るというのはよくある話だ。とある学者が言うには、中ががらんどうの物に聖なるものが宿ると。
「ほら、お前も竹取物語は知っているだろう?」
がらんどうの竹筒の中に奇麗なお姫様が入っていましたで始まる物語。桃太郎だって桃から生まれて正義の味方になる。
「私がこれから話すのは、出てきた話とは逆なんだが」
ある男が古民家を購入した。古いと言っても、百年も経ってなかったようだが。そこで家族と暮らしはじめた。しかしどうにもその屋敷、おかしいところがある。間取り図を見た部屋数とその広さが屋敷そのものの広さと一致しない。
そこで男は自分で新たに間取り図を作ってみた。家を買ってもまだ余裕がある暮らしぶりだったのだろう、業者も呼んでかなり正確に図に起こした。すると屋敷のど真ン中にぽかんと空いている所があるのがわかった。畳半畳分程度の小さな空間が、空いているようだ。その空間のあると思しき所をぐるりと回って見ても、もちろん入口なんて見当たらない。ただ、図面の上ではぽかんと空いている。
業者に聞いたら古い屋敷なんかだとこういう開かずの間があることがたまにあると言う。ほんの小さな空間だ、得もないが損もなく、男は放っておいたそうだ、ある事件が起こるまでは。
しばらくして、ある日男の末の娘が行方不明になった。家族全員真っ青になってあちこち探し回ったが行方が知れない。庭でバーベキューするから座敷で大人しく人形ごっこでも遊ばせていたのを最後に、忽然と消えてしまった。方方の手を尽くして探しても見つからず、家族が心配で心配で警察でも呼ぼうかと座敷で相談していると、どこからか声が聞こえてきた。
むかぁしむかぁしあるところに……。
何かを朗読している声。その声が消えうせた娘の声だったから家人全員泡食って部屋中を探した。それでも姿が見えない。名前を呼んでも答えず、ただ本を読む声が聞こえてくる。
おじいさんとおばあさんが……。
その声のする方に息をひそめて近寄ると、壁しかない。いや、そこは件の開かずの間のあるところの壁。耳を寄せると確かにそこから子供の声がする。
その子供は桃太郎と名付けられ……。
一体全体どうしてそこに入ってしまったかは知らないが、どうやら子どもは開かずの間に入っているらしい。そこで慌てて槌だの鋸だの持ってきてな、壁を崩しはじめた。壁を壊しながらも中の娘に声をかけたが、ただ本を読むばッかりで家族の呼びかけに答えない。
めでたしめでたし……。
その本が詠み終わりそうな時に、やっと壁が開いた。ぽっかりと空いた開かずの間の壁ががらりと崩れた。
しかし、中には娘はいなかった。娘が気にいっていた人形だけが、ぽつりと残されていた。それっきり、声も、二度と聞こえなくなったという。
作品名:しかくのなか(4/10編集) 作家名:狂言巡