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死者と生者の輪舞曲

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 俺の彼女が死んだ。突然であまりにも早い彼女の死に俺は茫然自失となった。最期に見たのは、別れ際に笑顔で手を振る姿だった。
 彼女の友人から知らせを聞いたのは、翌日の午後8時頃だった。死因は交通事故。彼女の友人は事故当時、彼女と一緒にいて、一部始終を目撃していた。その証言によれば、青信号で横断歩道を渡る彼女を軽自動車がはね、そのまま轢き逃げしたらしい。彼女にはなんの非もなかった。
 彼女の友人は間一髪のところで上手く避けられたようだが、一歩間違えていれば同じように轢かれていただろう。彼女の友人も彼女の腕を引いて一緒に避けられなかったこと、そして車のナンバープレートを確認しなかったことを酷く悔いた。いや、今でも悔いている。
 しかし、それは仕方あるまい。いきなり車が飛び出してくれば、咄嗟に考えるのは自分の身の安全だけだろうし、目の前で友人が轢かれれば、誰だって動揺する。俺が同じ立場だったとしても、彼女の元に駆け寄って安否を確認すること以外考えなかっただろう。
 それから半年。轢き逃げ犯は未だに捕まっていないため、俺はどこに怒りをぶつければいいのかも分からないまま、憂鬱な日々を過ごした。毎日毎日、彼女のことばかりを考え続けた。
「もう半年か……」
 そう呟きながら、俺はカレンダーを眺めた。そう言えば、今日はお盆、死んだ人が帰ってくるとされる日じゃないか。……馬鹿馬鹿しい。何を考えているんだ。霊魂なんてものが存在するはずがない。
 ――でも、もし存在するならば、彼女と再び話すことができるのならば、俺は彼女に感謝の気持ちを伝えようと思った。こんな俺とずっと一緒にいてくれてありがとうと。
「私もあなたと一緒にいられて、毎日凄く楽しかったよ」
 ふいに背中の方から声が聞こえた。湿ったような涙声。――馬鹿な。幻聴に決まっている。そう思いながらも、俺は振り返ざるを得なかった。
「――お前っ!?」
 そこにいたのは紛れもなく、彼女だった。今にも大声で泣き出しそうな顔をしながら、じっと俺の方を見つめていた。俺は感情が昂り、彼女を抱きしめようとしたが、腕はただ空を切るだけであった。勢い余って、俺は転びそうになった。
「無理だよ。だって私、死者だもん。死者と生者は決して触れ合うことはできない。こうして話をすることしかできないんだよ。それだって、今日はお盆だから。私たちが会えるのは、1年に一度しかないんだ」
 そう言って、彼女は悲しそうに俯いた。俺は強く応えた。
「それでも構わない。1年に一度? 織姫と彦星だって、1年に一度しか会えないだろうが。それでもあいつらは十分幸せなんだ。死者と生者であることも関係ねえ! どうせ100年もしないうちに、俺だって死者になるんだ。それまでくらいなら――」
「あ、ごめん、ちょっと待って!」
 彼女は急に戸惑ったような表情になって叫んだ。――なんだ? 一体何を言おうとしている?
「あのね、私、あなたに伝えないといけないことがあって、今日はそれで会いに来たの」
「なんだよ? 『私のことは忘れて、別の人と幸せになって』とでも言う気か? だが、俺はお前以外――」
「それもあるけど、そうじゃないの。――私ね、他に好きな人ができちゃったの」
「…………は?」
 今、こいつはなんて言った? 今度こそ本当に俺は自分の耳を疑った。嘘だ。聞き間違いであってくれ。
「本当のことだよ」
「お前、死者なんだろうが。死ぬ前に他の男と浮気してたってのか?」
「違うよ。だから、話を聞いて。相手の男性も死者で、私が死んでからすぐ天国で出会ったんだよ。付き合い始めたのは一ヶ月くらい前なんだけど」
「ああ!? 何言ってんだよ!」
 思わず怒鳴ってしまった。死者だの天国だの言われた時点で俺は混乱していたが、そんなことはどうでもよかった。こいつが俺以外の男と付き合い始めただと?
「――すまん。急に大きな声を出したことは謝る」
 怯えたような表情になった彼女に対して、まずは謝罪をした。
「でも、どういうことだよ。俺は毎日毎日、お前のことを想っていたっていうのに、お前は別の男を好きになって、俺のことなんてすっかり忘れてたってのか!」
 できるだけ落ち着いて話そうとするが、どうしても語気が強くなってしまう。
「あなたのことを忘れてた日なんて一日もないよ……。だから、こうして会いに来たんじゃない。あなたには何も言わずに自分だけ幸せになることだってできた。でも、今でもあなたのことを愛しているから、隠し事なんてできなかった。そして、あなたにはあなたの幸せを見つけて欲しいの。確かに自分勝手な考えかもしれない。だけど、死者と生者は決して交わることはできないんだよ!」
 彼女は泣きながらも怒っていた。――怒りたいのはこっちの方だぞ。俺が一体どんな気持ちだったのか、分からないはずがない。なのに、こいつはそれを裏切った。だから、怒りがこみ上げる。だけど、それと同時に俺は理解もしている。こいつが今でも俺を愛していること、それが事実であることは疑いようがなかった。
「分かったよ。いや、分かりたくないけど、お前の想いは受け止めなきゃならない。ただ、お前は一つだけ過ちを犯した」
「何かな……。怒られても仕方ないのは分かってる。だから、なんでも言って……?」
「それは俺に何も言わずに別の男と付き合い始めたことだ」
「でも、それは――」
「お盆にしか会えないとしてもだ! もう一ヶ月くらい待てただろうが!」
「そう、だよね……。ごめん、そうだよね……。私はあまりにも気が短かった……」
「その通りだ。そして、俺はそれを許さない!」
 はっきりと断言してやった。彼女は一瞬だけ驚きの表情を浮かべたが、すぐに申し訳なさそうに俯いた。俺は続けて言ってやった。
「だから、俺もお前とは別の女と幸せになってやるからな。それでお相子だろ。どうだ、お前には文句を言う権利はないぞ。俺はお前よりもずっとずっと幸せになってやる。お前も天国で勝手に幸せになりやがれ。もうお前は俺の彼女でもなんでもないんだからな!」
 ――彼女はそこでようやく笑ってくれた。気付けば俺も何故だか笑っていた。言葉とは裏腹に怒りの感情は一切消えてなくなっていた。しばらく笑い合ってから、彼女が口を開いた。
「私も絶対幸せになるからね。だから、あなたも絶対幸せになって」
「ああ、もちろんだ」
 俺と彼女は指切りを交わした。これが彼女との最期の約束だ。
「私、もう行かなくちゃ。あんまり長居するわけにもいかないんだ。生者の世界は死者にとっては居づらいところだから」
「もう行っちまうのか」
「うん。来年以降も多分もう来ないと思う。あなたの幸せ、邪魔しちゃ悪いもんね。だけど、ときどきは天国からあなたの姿を見守るから。それじゃまた100年後くらいに会おうね」
 彼女は生きていたときよりも、俺が最期に見たときよりもずっと美しい笑顔で、眩しい光に包まれた。俺にできることは抱きしめる振りをすることだけだった。光はすぐに消え、彼女も最初からそこにいなかったかのように消え去ってしまった。
「俺は絶対幸せになるからな。嫉妬なんかするんじゃねえぞ」
 俺は天井を見上げて、そう呟いた。――そして、数年後、別の女と結婚した。
作品名:死者と生者の輪舞曲 作家名:タチバナ