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鳴神の娘 第四章「星、堕(お)つる」

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「でも、お酒が発酵するまでには、すごく時間がかかるのよ?」
「……わしは、酒神で医薬神じゃ。まあ、みておれ」
 少彦名は玉器の周りをまわりながら、何やら奇妙な仕種で踊り始めた。
「--なにふざけてるのよ」
「ふざけているわけではない! これは、美酒を造るのには欠かせぬ、神聖な踊りじゃ!」
 少彦名は踊りながら言う。
 不思議なことに、彼の言う通り、踊りの進行と共に酒の発酵は進み、踊りが終了すると同時に見事な酒ができあがった。
「すごい……本当にできちゃった」
 玉器の中を覗き込んで、斐比伎は感心したように呟いた。
「復若(おち)の酒。……怪我や病によく効く薬じゃ」
「--少彦名!!」
 斐比伎は、小さな神に向かって叫んだ。
「これを飲めば、父様は助かるのね!」
「……わからん。これとて、万能薬ではないのじゃ。建加夜彦が助かるかどうかは、わしにははっきりとは言えん。--あとは、本人の運次第じゃろう」
「それでも、助かるかも知れないわ! ありがとう、少彦名!!」
「……さて、それでは少し休ませてくれい。わしも実はかなりの年でな。これを造ると、ひどく疲れるのじゃ」
「ええ、勿論」
 嬉々として言うと、斐比伎は少彦名を襟の中に入れ、玉器を持って走り出した。
「……斐比伎」
 襟の中で、少彦名が小さな声で呟いた。
「それを建加夜彦に飲ませたら、二人で再び大和へ行こう」
「大和へ?」
 走りながら斐比伎は言った。
「戦うために--戦うために、大和へ行くのね」
 斐比伎は顔を引き締める。
「そうじゃ」
 目を閉じながら少彦名は言う。
「運命に立ち向かい、全ての絡んだ因果を絶つ。--それが、今生でお前がなさねばならぬ務めじゃ。……安心せい。わしも、最後までつきあうぞ……」
 気怠げに欠伸をすると、少彦名はそのまま滑るように眠りに落ちていった。
  



(第四章終わり 最終章へ続く)