母娘の情景
幼い頃から、その少女は寂しがりやだった。
夜、一人でベッドに入ると、寂しくて寝付かれないことがあった。
そんなとき、母が部屋にやって来て、少女のベッドに入り込んで、隣に寝てくれる。
そして、いつも少女を両手でぎゅっと抱きしめてくれた。
そうすると少女は、安心して眠りに落ちて行くことができるのだった。
母は少女が眠ったのを確認すると、そっとベッドを抜け出して、部屋から出て行くのだった。
それは、少女が成長しても変わらなかった。
10代前半の一時期、少女にも反抗期が訪れたが、母がベッドの中で少女をぎゅっと抱きしめると、少女はいつものように、安心して眠るのだった。
少女の父は、少女にしっかりした教育を受けさせるために、懸命に働いた。
娘に寂しい思いをさせているのはわかっていたが、これも娘の将来のため、娘もいずれわかってくれる、そう願いつつ、父は懸命に働いた。
やがて少女は父の希望通り、難関大学に合格した。
大学生になっても少女の寂しさは変わらなかった。
相変わらず、夜になるとベッドの中で母に抱きしめられて、眠るのだった。
そして、少女の二十歳の誕生日の前夜。
いつのもように、少女は寝付くことができなかった。
母がベッドにするりと入って来て、少女の隣に横になる。
そして伸ばした両腕で、少女の体をすっぽりと包んでくれた。
母は少女の耳元で囁く。
こうしてあなたの隣で寝てあげられるのは、今夜が最後。
あなたは明日二十歳になるのだから、もう一人で眠れないとだめ。
少女は珍しく母に反抗する。
いや。お母さんがいなきゃ、眠れない。
私がいなくても、寂しくても、我慢するのよ。
もう二十歳なんだから。
いや。
ベッドの中で話しているうちに、少女は眠り込んでしまう。
それを確認した母は、そっとベッドを抜け出すと、何度も少女を振り返りながら、静かに部屋から出て行った。
作品名:母娘の情景 作家名:sirius2014