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リンドウノミチヤ
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KYRIE Ⅰ  ~儚く美しい聖なる時代~

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第1章 邂逅~sione4~




 統也はアパートの裏にバイクを停めた。史緒音はそこが、昔連続殺人事件の犯人として追い詰められた自分をかばい統也が一時的に匿っていた場所だと気付いたらしい。少年達に絡まれた時に出来ていた傷を彼女は無言で手当てさせた。瞳の底は相変わらず、冷たく不穏ではあったが統也は一先ずはほっとした。そして激しく後悔した。危うく、取り返しのつかない事態になる所だったのだ。しかも、全ては己自身が招いた事ではないか。

 統也は少女を見つめた。確か19歳になっているんだったか・・・かつて少年と見間違える程だった線の細い顔は、相変わらず無機質だった。しかしすらりとした背は数年で更に伸び統也の目線と近くなっていたし、絶世と言ってもいい美貌の気配を宿している事に気付いた。こんな人間には会った事がない、これからも決して会えないだろう。ならば、自分の義務は彼女をそのままの姿で送り出すことではないか。そんな考えが頭に浮かんだ。

 ふと、史緒音が口を開いた。長く規則正しい生活のおかげで闘争本能が鈍っていた、と憮然として呟いているではないか。

 統也は思わず笑った。二人が出会った頃、統也はハイティーンで荒れ狂った猛獣の片鱗を残していた。決闘と称して取り巻きの少年達をどちらかが病院送りになるまでラウンド制で闘わせて悦に入るような、あまり褒められない類の趣味を持っていた。そんな訳で史緒音ーーキリエと名乗る少年が新参者としてやって来た時早速その洗礼を受ける事になり、西洋人形の様な容姿の少年があっけなく倒されるのを誰もが期待した。しかし、一瞬の旋風のごとくキリエの足が一回り大きい相手の少年の急所を的確に打ち、再起不能に至らしめると皆沈黙した。統也は密かにニヤリと笑ったものだ...新顔の美しい少年が武術を会得しており、おそらくかなりの有段者でしかもそれを躊躇なく実戦で使う狡猾さを備えていたからだ。この時から統也は好んでキリエを側に置くようになった。取り巻きの連中の中には新顔の少年にちょっかいを出そうとする者もいたがキリエは決して相手に隙を見せず速やかに返り討ちにした。何よりリーダーの統也がキリエに執心と言っていい程の好意を見せているとあっては憤懣やるかたない少年達も大人しくする他なかった。

 統也は改めて昔少年として傍らにおり今は少女として目の前にいる史緒音を見る。そしてかみしめるように優しく、雨が止んだら家に送り届けるが、ここにいるのが嫌ならタクシーを呼ぶ、休みたかったらここを使えばいい、自分は外に出ているからと言った。


 統也が立ち上がった時、史緒音は再び口を開いた。


「ここで、寝ればいいじゃない」

 統也は心の中で反芻した。・・・今、何て言ったんだ?

「ここで、寝ればいい。あんたのしたい様にしていい」

 史緒音はそっけない程の無表情だったが、尚も立ち尽くしている統也に向かって更に言った。

「この機会を逃したら二度とないよ?」



*****


 史緒音にとって性はやっかいなお荷物以外の何物でもなかった。端的に言うなら、彼女は本来備わっているだろう恋愛感情や性的な要素が著しく欠如した存在だった。彼女は、この頃自分が一部の男や更に女にすら崇拝物でも崇める様に見られている事、時としてそれに性的なものが含まれている事に気付き嫌悪を覚えていた。学生の頃から他の少女達のように恋愛話に興味を持った事は全くなく、むしろ異界の出来事のように感じていた。まして性的な問題に心を煩わされたり、あまつさえそれが不利に働く可能性があるなど論外だった。ならばさっさとこの問題を片付けてしまえばいい。幸い、目の前にいる男はまたとない人材だ。


*****


 史緒音は、統也の大きく骨ばった手が自分の頬に触れるのを感じた。心は相変わらず冷めており身体は強張ってはいたが、何故かこの男の事はそれ程嫌いではないな、と考えた。