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(続)湯西川にて 16~20

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(続)湯西川にて (16)鴨川温泉を手配済み?

 
 房総半島の南部は、ほとんどといっていいほど山に囲まれています。
海岸地帯にはいつくかの小規模な平地も見られ、農業はそうした限られた地帯の限られた範囲で集約的に行われています。
それを補う意味を持つ漁業は、この地域におけるもっとも重要な産業です。
南房総沿岸を潤す種々の海洋資源の1つでもある、このツチクジラの捕獲は、
こうした地域事情を背景に、何世紀にも渡って房総の
沿岸で営まれてきました。


 しかしこうした捕鯨の歴史も、今日まで残っているのは、
ただ一カ所だけになってしまいました。
今でもツチクジラの捕鯨を行っているのは、千葉県安房郡にある
和田町のみです。

 千葉県における捕鯨は、江戸時代のはじめの頃に始まりました。
その中心で代表格といえば、鋸南町勝山に籍を置いていた醍醐組です。
近代捕鯨法が始まった明治時代になってから、拠点地の南下が始まり、
舘山、白浜町乙浜、千倉町などを経た後に、昭和23年に、
この和田町へと移動してきました。


 和田町での捕鯨は(日本政府によって許可された)
上限26頭のツチクジラをとるためだけに操業をされています。
ツチクジラは、体長10メートルを超えるクジラですが、国際捕鯨委員会(IWC)の規制対象外にあたり、その対応については政府に
一任されています。
千葉県は、ツチクジラの生息域の南限にあたり、ここからクジラは
太平洋を北上していきます。
また日本海の中部からオホーツク海、ベーリング海、北アメリカまでの
一帯でも、同じようにこのツチクジラを見ることができます。


 和田町での捕鯨期間は、6月から8月いっぱいまでと決められています。
捕獲は沿岸域と定められていて、小型の捕鯨船によって行われます。
捕獲されたツチクジラは港まで曳航をされた後に、港内に
半日ほど留め置かれます。
クジラの解体作業は、その翌日になります。


 対岸の堤防上に陣取っていたクジラ漁師の鬼瓦と、
娘のさきの打ち合わせは、簡単に、ほんの2~3分ほどで終わりました。
何かを指示されたさきが、軽快な足取りのまま漁港の事務所へ
走り去っていきます。
その後ろ姿をしっかりと仁王立ちで見送った鬼瓦が、
こちらを振り返りました。


 日に焼けた丸太棒のような腕が2度3度と、こちらに向かって振られます。
退院をしてきた俊彦の所在に、すでに気がついていたようです。
さらには周りを取り囲んでいる漁師たちと、こちら側を指さしながら、
なにやらしきりと騒ぎたてています。
鬼瓦の目当てが、隣に居る浴衣姿の清子のような気配も漂っています。

 
 「おい。どうやらお前さんに関心をもちはじめたようだ。
 あの鬼瓦・・・・」

 「あら。漁師さんに見染められてしまいましたか。
 まぁ、それはすこぶるの光栄です。でも、どういたしましょう・・・・
 う~ん、クジラ料理は大好きですが、ツチクジラの女房には、
 ちょっぴり、微妙な部分もありますねぇ。」


 まんざらではなさそうに、清子が笑顔をつくっています。
白地に大きく朝顔をあしらった今日の清子の艶やかなゆかた姿は、
遠目からでも目立ちます。
漁師たちの熱い眼差しが集中する理由も、実はそのあたりにありそうです。


 「ごめんなさい。お待たせをしました。
 鴨川のホテルが取れましたので、今夜はそちらでゆっくりしてください。
 クジラの解体は、明朝の3時から始まる予定です。
 見物のための特等席を用意いたしますので、是非、お越しくださいと、
 父が強く申しております。
 そのまま夜には、退院祝いの酒宴を開く予定です。
 もちろん、清子さんもご一緒にどうぞと、父も強く熱望をしております。
 それに・・・・岡本も呼びつけるようにと、重ねて
 厳命をされてしまいました。
 どうしましょう。不安ですが今更、あとには引けません・・・・
 明日は朝から、嵐のような一日に、なってしまいそうな雰囲気がします」


 息を切らせて駆け戻ってきたさちが、一気に語り終えてから、
美しい眉を曇らせて、ふっと、短いため息などをついています。
たしかに、明日の酒盛りの席に極道の岡本まで呼んでおけという段取りになると、これは、ただ事で済みそうな気配にありません・・・・