人形の心*1-1
第一章 力
ゼウス学園。それが、この学園の名前だ。
通うのは十五から十八までの、選ばれた男女達。剣の腕に優れているもの、魔法の扱いが優れているもの――選ばれる基準は様々だが、その全てが将来有望の者達だった。いわば勝ち組だ。この学園を卒業した者達は、ほとんどが城へと仕える。中には王の側近になるものもいるほどだ。
彼――ダルドールはその剣の腕が認められ、この学園へと推薦で入学をした。
今日は、その入学式である。
有名なデザイナーが作ったと言われている制服を身につけ、緊張した顔でダルドールは学園の門をくぐった。無駄に大きく、豪華な門だ。
門を入ってすぐのところに、綺麗な噴水がある。その先に学園への入り口があった。
広いラウンジは、まるでホテルのよう。高そうなソファや、机がある。天井から差し込む太陽の光が心地良かった。
そのラウンジにいる受付らしき人から、クラスが書いてあるプリントを貰い、ダルドールは歩き出す。ラウンジの階段を一つ上り、綺麗な廊下を歩いた。
『一年A組』と書かれた教室の扉を開くと、既に席に座っている人達の視線がダルドールへと集まった。彼が知っている顔の人物は誰一人おらず、少し心細くもなる。
自分の席に座り、ふぅとため息をついた。
「ねぇ、あなたどこから来たの?」
突然前の席に座っている女性が振り向き、そう話しかけてきた。
その行動力に驚きながらも、ダルドールは返事をする。
「えーと……どこだったかな?」
「まさか、覚えてないの? この間、卒業したばかりなんでしょう?」
笑いながら彼女はそう言った。
――卒業。そうだ、卒業だ。俺は中学を卒業して、このゼウス学園へと来た。その中学の名前は……。
「ヴァシリー中学……だったかな」
「剣で有名な中学校ね。ってことは、あなたはその才能が認められてここに?」
才能と言われるとどこかくすぐったい気がして、ダルドールは照れ笑いを浮かべる。
「まぁ、そういうことになる。……お前は?」
「私? 私はね、ダニイル中学校から来たのよ」
「だにいる……?」
「知らない? 魔法で有名な中学よ。私ね、これでも魔法にはかなり自信があるの。先生にね、天才だなんて言われたこともあるのよ、すごいでしょう?」
可愛い笑みを浮かべて、彼女は言う。その笑顔に、ダルドールの頬が少し赤くなった。
「……天才ね。――そういえばお前、名前はなんて言うんだ」
「私はマリネよ。あなたは?」
「ダルドールだ」
「へぇ。何か女の子っぽい名前ね。顔も中性的だし」
笑顔を浮かべてそう言うが、実はそれが彼のコンプレックスだったりする。
ダルドールは苦笑を浮かべた。
「でも、あなたは剣で私は魔法だから、授業は色々と違っちゃうわね。ねぇ、家はどこにあるの?」
「レイラ図書館の近くの――」
「まさか、あのお屋敷?」
目を輝かせてマリネは言う。
「お屋敷っていうほど大きくはないけど……」
「十分大きいわよ。ねぇ、今度あなたの家に行かせてくれない? 一度は言ってみたかったのよ」
「別に、いいけど――あんたの家はどこにあるの」
「あー……。レイラ図書館を通り過ぎると、小高い丘が見えるでしょ?」
「えっ。まさか、あの豪邸?」
マリネは照れ笑いを浮かべる。
お屋敷も豪邸も似たような感じがするが、マリネの家の場合は規模が違う。少し小さなお城と言ったほうがいい。
ダルドールはため息をつく。
「なんだ。行くなら、あんたの家の方がいいじゃないか」
「どうして? 広いだけで何にもない家よ。私、実は剣にもちょっと興味あるし」
「そうなのか?」
「うん」
教室の扉が開き、担任らしき人物が入って来た。
マリネが慌てて前を向く。
強面な教師だった。細い目で、生徒達を見回す。本人はそんなつもりはないのであろうが、睨みつけているようにも見える。
「これからイベントホールで入学式を行う。適当に並んで行って、席に座れ。いいな?」
早口でそれだけ言うと、挨拶もせずに教室を出て行く。
何だか変な教師がたくさんいそうな学園だな、とつぶやいた。
「そうね。でも、楽しそう」
振り返って笑顔でマリネは言う。
その顔を見て、ダルドールの顔にも微笑が浮かんだ。
イベントホールは学園へ見学に来た時に一度見ているが、それでもやはりその大きさには驚かざるを得なかった。
大きなオーケストラでも行われそうなこのホールには、既にたくさんの生徒の親御達が集まっていた。子供が主役の入学式だというのに、派手な服装をし、宝石をつけている者達ばかりだった。
やっとのことで自分の席へと辿りつく。
「ここ、本当に広いよね」
隣に座っているマリネが苦笑を浮かべてそう言った。
「本当、すごい学園だよな。金がいくらかかってんだか……」
「そんな学園に入学できた私達も、すごいってことよね」
身を乗り出し、嬉しそうにマリネは言う。
「そうでもないかもしれねぇけどな」
嘲笑うようにそう言ったのは、ダルドールの左隣に座っている男だった。
彼は得意げな笑みを浮かべ、
「入学する奴はたくさんいるが、卒業まで生き残れるのはこのなかの半分だっていう話、聞いたことあるだろ?」
ダルドールは頷いた。
確かに、その話はこの世界では有名だった。途中でこの学園を辞める者が半分はいるという話だ。
「もしかしたら、お前らもその中の半分になるかも分からねぇぞ」
「そんなの、あなたにだって言えることじゃない」
むっとした表情でマリネは言う。
「ま、確かにそうなんだけどな。最も、俺は絶対に卒業してやるつもりでいるけど」
「私だってそうよ。ダルドールもそうでしょ?」
「あ、あぁ。そうだな」
突然名前を呼ばれ、少し驚いた様子でそう答える。
どうやら生徒の入場が全て終わったらしい。客席を照らしていた照明が消え、司会が壇上に出てくる。
「これから、ゼウス学園の入学式を――」
目をつぶっていたダルドールは、周囲のどよめきが聞こえ、目を開いた。
「どうした?」
と小声で聞くと、
「アインザー王よ。入学式にはいつも来るっていう噂は聞いていたけど、やっぱり本当だったのね」
興奮した様子でマリネは言う。
アインザー王。名の通り、それはこのマルグリット王国の王の名だ。
慌てて壇上を見る。そこには、確かに王の姿があった。金髪の髪の毛に、エメラルドグリーンの瞳。何歳なのかは知らないが、随分若く見える。
「……入学おめでとう、諸君」
その一言で、どよめきが一瞬にして消え去った。
ダルドールは息を呑んだ。
ゼウス学園。それが、この学園の名前だ。
通うのは十五から十八までの、選ばれた男女達。剣の腕に優れているもの、魔法の扱いが優れているもの――選ばれる基準は様々だが、その全てが将来有望の者達だった。いわば勝ち組だ。この学園を卒業した者達は、ほとんどが城へと仕える。中には王の側近になるものもいるほどだ。
彼――ダルドールはその剣の腕が認められ、この学園へと推薦で入学をした。
今日は、その入学式である。
有名なデザイナーが作ったと言われている制服を身につけ、緊張した顔でダルドールは学園の門をくぐった。無駄に大きく、豪華な門だ。
門を入ってすぐのところに、綺麗な噴水がある。その先に学園への入り口があった。
広いラウンジは、まるでホテルのよう。高そうなソファや、机がある。天井から差し込む太陽の光が心地良かった。
そのラウンジにいる受付らしき人から、クラスが書いてあるプリントを貰い、ダルドールは歩き出す。ラウンジの階段を一つ上り、綺麗な廊下を歩いた。
『一年A組』と書かれた教室の扉を開くと、既に席に座っている人達の視線がダルドールへと集まった。彼が知っている顔の人物は誰一人おらず、少し心細くもなる。
自分の席に座り、ふぅとため息をついた。
「ねぇ、あなたどこから来たの?」
突然前の席に座っている女性が振り向き、そう話しかけてきた。
その行動力に驚きながらも、ダルドールは返事をする。
「えーと……どこだったかな?」
「まさか、覚えてないの? この間、卒業したばかりなんでしょう?」
笑いながら彼女はそう言った。
――卒業。そうだ、卒業だ。俺は中学を卒業して、このゼウス学園へと来た。その中学の名前は……。
「ヴァシリー中学……だったかな」
「剣で有名な中学校ね。ってことは、あなたはその才能が認められてここに?」
才能と言われるとどこかくすぐったい気がして、ダルドールは照れ笑いを浮かべる。
「まぁ、そういうことになる。……お前は?」
「私? 私はね、ダニイル中学校から来たのよ」
「だにいる……?」
「知らない? 魔法で有名な中学よ。私ね、これでも魔法にはかなり自信があるの。先生にね、天才だなんて言われたこともあるのよ、すごいでしょう?」
可愛い笑みを浮かべて、彼女は言う。その笑顔に、ダルドールの頬が少し赤くなった。
「……天才ね。――そういえばお前、名前はなんて言うんだ」
「私はマリネよ。あなたは?」
「ダルドールだ」
「へぇ。何か女の子っぽい名前ね。顔も中性的だし」
笑顔を浮かべてそう言うが、実はそれが彼のコンプレックスだったりする。
ダルドールは苦笑を浮かべた。
「でも、あなたは剣で私は魔法だから、授業は色々と違っちゃうわね。ねぇ、家はどこにあるの?」
「レイラ図書館の近くの――」
「まさか、あのお屋敷?」
目を輝かせてマリネは言う。
「お屋敷っていうほど大きくはないけど……」
「十分大きいわよ。ねぇ、今度あなたの家に行かせてくれない? 一度は言ってみたかったのよ」
「別に、いいけど――あんたの家はどこにあるの」
「あー……。レイラ図書館を通り過ぎると、小高い丘が見えるでしょ?」
「えっ。まさか、あの豪邸?」
マリネは照れ笑いを浮かべる。
お屋敷も豪邸も似たような感じがするが、マリネの家の場合は規模が違う。少し小さなお城と言ったほうがいい。
ダルドールはため息をつく。
「なんだ。行くなら、あんたの家の方がいいじゃないか」
「どうして? 広いだけで何にもない家よ。私、実は剣にもちょっと興味あるし」
「そうなのか?」
「うん」
教室の扉が開き、担任らしき人物が入って来た。
マリネが慌てて前を向く。
強面な教師だった。細い目で、生徒達を見回す。本人はそんなつもりはないのであろうが、睨みつけているようにも見える。
「これからイベントホールで入学式を行う。適当に並んで行って、席に座れ。いいな?」
早口でそれだけ言うと、挨拶もせずに教室を出て行く。
何だか変な教師がたくさんいそうな学園だな、とつぶやいた。
「そうね。でも、楽しそう」
振り返って笑顔でマリネは言う。
その顔を見て、ダルドールの顔にも微笑が浮かんだ。
イベントホールは学園へ見学に来た時に一度見ているが、それでもやはりその大きさには驚かざるを得なかった。
大きなオーケストラでも行われそうなこのホールには、既にたくさんの生徒の親御達が集まっていた。子供が主役の入学式だというのに、派手な服装をし、宝石をつけている者達ばかりだった。
やっとのことで自分の席へと辿りつく。
「ここ、本当に広いよね」
隣に座っているマリネが苦笑を浮かべてそう言った。
「本当、すごい学園だよな。金がいくらかかってんだか……」
「そんな学園に入学できた私達も、すごいってことよね」
身を乗り出し、嬉しそうにマリネは言う。
「そうでもないかもしれねぇけどな」
嘲笑うようにそう言ったのは、ダルドールの左隣に座っている男だった。
彼は得意げな笑みを浮かべ、
「入学する奴はたくさんいるが、卒業まで生き残れるのはこのなかの半分だっていう話、聞いたことあるだろ?」
ダルドールは頷いた。
確かに、その話はこの世界では有名だった。途中でこの学園を辞める者が半分はいるという話だ。
「もしかしたら、お前らもその中の半分になるかも分からねぇぞ」
「そんなの、あなたにだって言えることじゃない」
むっとした表情でマリネは言う。
「ま、確かにそうなんだけどな。最も、俺は絶対に卒業してやるつもりでいるけど」
「私だってそうよ。ダルドールもそうでしょ?」
「あ、あぁ。そうだな」
突然名前を呼ばれ、少し驚いた様子でそう答える。
どうやら生徒の入場が全て終わったらしい。客席を照らしていた照明が消え、司会が壇上に出てくる。
「これから、ゼウス学園の入学式を――」
目をつぶっていたダルドールは、周囲のどよめきが聞こえ、目を開いた。
「どうした?」
と小声で聞くと、
「アインザー王よ。入学式にはいつも来るっていう噂は聞いていたけど、やっぱり本当だったのね」
興奮した様子でマリネは言う。
アインザー王。名の通り、それはこのマルグリット王国の王の名だ。
慌てて壇上を見る。そこには、確かに王の姿があった。金髪の髪の毛に、エメラルドグリーンの瞳。何歳なのかは知らないが、随分若く見える。
「……入学おめでとう、諸君」
その一言で、どよめきが一瞬にして消え去った。
ダルドールは息を呑んだ。