残雪の山並
まるで遠足に出かける前の小学生のように、前夜の西沢はなかなか寝つくことができず、漸く眠りに落ちたのは夜半過ぎだったらしい。五時に起床するつもりだったのに六時少し前までそれがずれ込んだ。目覚めると数分後には大慌てで外出した。
徒歩で最寄駅に着き、電車を十分以上待った。苛立ちながら電車に乗ったのが午前六時二十分になる前だった。乗り換え駅に降りたのが六時半過ぎだから予定通り新宿に六時四十分までに着かないことは明白だった。
バスが発車する時刻は午前七時で、遅くともその十分前にはバスターミナルで料金を支払って乗車券を受け取りたい。電車の車内には液晶テレビがあり、コマーシャル画像を映している。それを眺めていても何のCMなのかわからない程に、西沢の頭の中はパニック状態になっていた。
新宿駅のホームを彼が歩き始めたとき、時刻は六時四十五分になるところだった。まあ何とかバスには乗れそうだという安堵感を憶えると同時に、強烈な空腹感が萌してきた。昨夜は何も食べていないことに気付いたのがそのときだった。バスに乗る前に何かを腹に入れるか売店で買って車中で朝食にしたい。だが、そう都合良く事は運ばない。
西沢が電話番号を云って乗車券を手に入れたのが六時五十分だった。
「西沢様ですね?明日の松本発のバスは十六時二十分発ですので、十六時五分までには向こうのバスターミナルにお願いします」
その男のことばはあくまでも事務的な念押しと考えられたが、今朝は予定より五分遅れたので、そのことを批判されているように思えないではなかった。