merry
どうしよう、わたしには幼女じゃなくて猫に見えるんだけど、そりゃ声とか話し方は幼かったような気がしないでもないけど、でも猫なんだけど。
言った方がいいのかしら。
言った方がいいよね。
「そ、そうなのですか。あのですね、アキさん」
何? と視線で先を促される。
「日本猫、ですよね? 居るの」
「お嬢さんにはそう見えてる? まあ、見え方はその人それぞれなんだけどね、ああいうのは。アナタ本質を見る方の目なんだねえ」
アキさんはふふ、と笑った。
「そりゃ置物が喋って動くとは思わないよねえ」
可笑しそうに笑われてますが、そんな呑気な。
「もしかして蛙も話したりします?」
「ん? そーよ。と言うか、うちの古めかしい物は全部そう。昔は九十九神と呼ばれていたモノたち」
なんてこと。
呆然と聞いていたらアキさんはそれから、と話を続けた。
「九十九神だけじゃないよ、うちに出入りしてるの」
はい?
「大概の人間には見えないものが出入りしてるけど悪いモノは入ってこれないからそこは安心して頂戴な。そんな事情もあってこんな町外れに家が建っているんだけど」
本当はねえ、話すつもりはなかったんだよねえ。
ぼやく様にプカリ。
「見えているだけなら意識しなければナイのと一緒。でも聞こえちゃうんじゃあ知らず存ぜずよりは知っていた方が楽だからねえ。……あ、別にお嬢さんを非難してるんじゃないからね」
話しながらわたしを見たアキさんにはわたしがどう映ったのか、慰める様にぽんぽん、と頭を撫でた。
「今日話した事は見える事のホンの触りの事だけれど、アナタはそれだけを知っていれば十分」
柱時計が八回音を鳴らして時刻を告げる。
「遅くなってしまったねえ」
今日はおしまい、と言外に告げられる。
気をつけてお帰りなさいな、と見送られて私は勤務先を辞し、自転車で帰宅した。
自転車の走り去る音を聞いて、振り向くと項垂れた幼女が後ろにいた。
「さて、猫。どういう事か説明して貰おうか?」
さすがに後ろめたいのかバツが悪いのか食事時の勢いのある様子ではなかった。
「はーちゃんね、一生懸命お料理してたんだけどね、せっかく作るならフライよりは天麩羅の方がもみたんの好みだって教えてあげたかったの」
「へえ? それで?」
「聞こえないみたいだからおっきい声で話かけたの」
「へえ?」
「ご飯のときもね、心配だったの。……もみたん、怒ってる?」
上目使いでこちらの様子を伺う猫。
「そーね。主の言う事を聞けないというのはどういう了見?」
「ごめんなさい」
「何に対して?」
言葉が刺々しくなるのは自覚している。
何も知らない子だったから知らせないままでおいておこうと思っていたのに。
苦々しく思って猫を見ていたら徐々に幼女の目が潤んきた。
「はーちゃん、怖がらせてごめんなさい」
じーっと見つめると、うわーん、と泣き出した。
ち、めんどくさい。
そんな事を思っているうちに泣きながらケロ爺ー、と台所に走って去っていく。
「小さい子いじめたらダメでしょう」
上から諌める様に声がした。
欄間の凰からすれば小さい子かもしれないが、猫は齢三桁。
自分からすれば十分年増だ。
「明日から埃かぶる事になるかもしれない原因だけど。それでもいいなら甘やかせば?」
それはいやだわ、と凰は溜め息を吐く。
「わかる人間に話し掛けたいと言うのは別段、あの子だけじゃないわ。あなたが許可してくれるなら毎日お掃除してくれる彼女にお礼くらい言いたいわよ」
それはそうかもしれない。
この家の女手がいなくなって彼女が来るまで埃の中にいた彼らからすると彼女には感謝してもし足りないのだろう。
「もし明日彼女が来たら」
首の後ろに手を当てて少し考える。
「それとなく、話してみましょう」
ありがとう、と嬉しそうな声を残して家は宵の静かさを取り戻した。