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偽物

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 兵衛はまともに受けるのは間に合わないと瞬時に判断し、柄で侍の木剣を受ける。木剣同士のぶつかる鈍い音がする。再び侍は間合いを取る。
 「疾手の剣か。なるほど、うちの門下生が歯が立たん訳だ。」
 「だ、、大先生。」
壁に並んでいる門下生達から弱気の声が出てくる。権兵衛も思わず声が出る。
「す、、すげぇー。あの旦那ただ者じゃねぇ。」
 兵衛は五輪の書の一節を再びつぶやき、
 「だがその程度の細い剣筋では新陰一刀流の看板はくれてやれんぞ。」
 兵衛は木剣を握りなおし、構える。さきほどより全身に力を込め、全身の筋肉が隆起していく。再び、雷鳴が轟く。
 どっかーん!!。
 兵衛が先に動く。一気に踏み込み、頭上から木剣を振り下ろす。侍は瞬時に反応し、後の先を放とうとする。後の先の剣を力づくで弾こうとする兵衛。お互いの剣がぶつかったまま動かない。ぎりぎりと木剣同士が擦れ合う音がする。
 「うぬーー!!。」
 兵衛は力を込めて木剣を更に強く押し飛ばす。
侍は一瞬よろける。
 「どりゃー!!。」
 兵衛の木剣が連続で打ち込まれる。侍は弾き続けるものの、剣圧の力に押され一歩、また一歩と後退していく。侍は壁を背負う格好になった。
 「後ろはもお無いぞ。」
 兵衛は侍に言い放つと、全身の力を込めて打ち込む。侍は兵衛の木剣を受けるが木剣が折られ、中空に舞う。そして鈍い音をたて壁に頭から叩きつけられる。うずくまったまま動かない侍。兵衛は鼻から息を吐き、
「ここまでだな。」
 門下生達が騒ぎ始める。
 「見たか!!。これが新陰一刀流の力だ。!!」
 「黙らんか!!この軟弱者共が!!」
 兵衛は一喝する。侍がよろよろと立ちあがる。
頭から血が流れている。
 「とっとと帰るがよい。その腕、本物。命を断つには惜しい。だが二度とこの道場の敷居はまたがぬことだ。」
 侍は頭を打って兵衛の声が耳に入らぬのか、血をぬぐいながら壁に掲げてある木剣を手に取る。
 「うつけ者が。」
 再び、兵衛が構えに入ろうとする。はだけている侍の着物が目につく。着物の下にはさらしが巻いてある。さらしのほつれからふくらみが見て取れる。門下生、権兵衛がはっと息を息を飲む。
 「貴公、もしや、、」
 侍はさらしを直し、着物を整える。
 「幼少の頃より父に男として育てられ、剣術を教わった。女はとうに捨てている!!。」
 侍は木剣を握りしめ構えなおす。兵衛はうなるような声で
「むう。見事。」
 兵衛も構えを直す。
 「後悔は無いな。」
 「剣にささげたこの人生。あるわけが無い。」
 「よかろう。」
 二人の間合いが再び近づく。再び雷鳴が轟く。
 どごーん!!。
 二人がほぼ同時に動く。剣筋はさっきより早く、打ちおろされる。二人が一瞬に交錯しすれ違う。権兵衛はあまりの速さに目が追いつかない。
二人はすれ違ったまま動かない。

 (どうなったんだ。)
 権兵衛は目をこすりこらす。
 「ば、、馬鹿な。拙者が女ごときに、、。」
 兵衛は小さくつぶやく。頭から血が噴き出す。そしてそのままその場に倒れ込む。侍は踵を返し、門下生達を一瞥すると木剣を放りだし、
 「看板はもらっていくぞ。」
 床の間に掲げてある、新陰一刀流の看板を手にとり、刀を携え、稽古場を後にする。門下生達のぎりぎりとした歯ぎしりの音だけが後に残る。
 
 稽古場から侍が出てくる。ぽつぽつと雨が降り始める。雨は庭の木々を濡らし、たまった水が枝の先から滴り落ちる。
 「権兵衛。いるのであろう。」
 侍が声をかける。稽古場の外で身を隠していた権兵衛がそそくさと出てくる。
 「へへへ。旦那、、ってか、まあ旦那か。お見通しで。」
 「お前の口の臭さは中まで匂ってきたぞ。」
 「よしてくださいよ。こう見えても気にしてでさあ。」
 
 二人は道場の外に出てくる。外にいる野次馬達が看板を掲げた侍を見て感嘆の声を上げる。
 「戻ってきたぞ。」
 「看板だ。新陰流の看板持ってる。」
 「ほんとに道場破っちまったんだ。」
 侍は野次馬をぐるっと見渡し、看板を掲げ、
 「我、宣言する。ここに新陰一刀流の看板取ったり!!。」
 野次馬から、おーっと声が上がる。権兵衛が大声を張る。
 「へへへ。この権兵衛が証人でぇ!!。」
 「道を開けよ。」
 侍が声をかけると、野次馬が割れて道が出来る。その道を侍が勇々と歩いていく。権兵衛も後をひょこひょこと付いていく。
 
 町はずれまで来ると、野次馬も付いてこず二人だけになる。
 「しかし、大したもんですねぇ。あの柳生 兵衛倒しちまうんだから。しかも女だてらに。あたしゃ何が何やら。」
 侍はふふふと笑うと、着物の上をはだける。
 「ちょ、ちょっと。こんなとこで。」
 侍はさらしをくるくると外すとさらしの中に入れてある布の詰め物を放り投げる。さらしの中には鍛え上げられ傷だらけの男の体が出てくる。
 「へ、、?」
権兵衛はすっとんきょうな声を挙げる。
 「天下に聞こえし、柳生 兵衛も女と思うたら剣先が鈍ったぞ。」
 権兵衛はわけが分からず口を開けたままである。
 「兵法とは剣のみにあらず。目に見えるもの全てでもあらず。いかに心を揺らすかが勝負。はっはっはっ。」
 高らかに笑うと看板を放りあげ、刀で真っ二つに切り落とす。
権兵衛は腰が抜け、その場にへたり込む。雷鳴が轟き目をつぶる。
目を開けるとそこに侍の姿は見えなくなっていた。  了
作品名:偽物 作家名:間 聖人