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朱に染まる

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両手は血に濡れている。服には鮮血がべっとり付いている。床では赤い液体がまだらに模様を描き、世界全体が朱に染まる。


 朱い世界の中心に立つ。刃を手に、向かい来る獲物を斬り裂いてく。


 剣を振るうと生温かい液体が手を濡らす。鋭いそれで斬り裂かれた獲物は深紅の液体を噴き上げて倒れ伏す。


 濡れた剣を手放して、黒光りする槍を手に取る。槍は獲物の胸板を突き破って壁に縫いとめる。


 槍を回収する必要はない。用意された血で汚れていない武器を手に取って、獲物を順番に朱で染めていく。


 斧で獲物の胴体を真っ二つに叩き斬る。


 戦鎚で獲物の骨を砕く。


 短剣で獲物の喉笛を斬り裂く。


 弓で獲物の心臓を射抜く。


 鎖鎌は雑草を刈るように獲物の首を刈り取っていく。


 鉄球を振ると獲物の頭蓋が砕け散る。紅い液体と脳漿が飛び散り、また世界を朱に染めていく。


『この程度では本気を出すまでもないですか?』


 どこからともなく《声》が降る。よく知ったあの《声》。


「無論だ。私にとっては造作もない」


『しかも用意した武器を全部使ってくれるなんて嬉しい限りです。あなたが観客を楽しませることを考えていたなんて驚きですね』


「―――別に、観客(おまえ)を楽しませるためじゃない」


 ぐっしょり濡れた式服(スーツ)は深紅に染まっている。何を思ってこの服を着せたのかは分からないが、元の白い生地はほとんど見えなくなっていた。


『やはり白い服に血(あか)は似合いますね』


 《声》が満足げに言う。


『では、次の獲物を準備しておきましょう。それまで休んでいて結構です。新しい服を用意しましたから、着替えておいてくださいね』


 静寂が戻ってくる。濡れた式服(スーツ)は重い。照明の微かな光を受けて、血に塗れた刃が朱く光る。噎せ返るような血煙が大気を満たしている。


全ては《声》のための劇場。《声》が思うまま、望むまま、脚本が書かれ、舞台は整えられ、音楽が奏でられ、その中心で役者(私)は観客(《声》)のために舞う。


 そして世界が朱に染まる。
作品名:朱に染まる 作家名:紫苑