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 俊也がベンチをちらりと見て六郎にOKマークを出す。ボールがセットされる。主審の合図とともに百合浜工業のFWが助走に入る。俊也が飛ぶ。六郎が見てきた中で最高の跳躍だ。俊也ががっちりボールを掴む。同時に主審のホイッスルが鳴る。試合終了。イレブンが俊也を囲み決勝進出を祝う。六郎はその輪を見つめ、1人ほっとしていた。

 次の日、決勝前日最後の練習。いやがおうでもイレブンのテンションは上がってきていた。田中がイレブンに声をかける。
 「よし、明日は決勝だ。今日はこれくらいで軽めに終えよう。最後にPKの練習で上がろう。」
 「うぃーっす。」
 レギュラー組とリザーブ組で分かれる。俊也が最初にゴール前に立つ。昨日のPKを止めているせいかいつもより自信に充ち溢れ堂々としている。練習とはいえ決勝前のPK戦には緊張が走る。キッカ―とキーパー1対1の対決。キッカ―が助走に入る。思いっきり振りぬかれたボールはゴール右下隅に飛んでいく。普通なら確実にゴールのボール。俊也は横に這うように飛びつく。ばちんとと音がしてゴール外にはじかれる。ボールに脳が反応したというよりかは全細胞がボールを呼び込んでいるようだった。5人蹴って俊也からゴールを奪えた者0人。最後の1人は蹴る場所が無くなったかのように力なく大きくゴールをそらす始末であった。一方、六郎は5人蹴って5人ともにゴールを割られていた。止めれそうで止めれずボールは全て手をかすめゴールに突き刺さっていく。
 「俊也がいれば、明日PKになっても大丈夫だな。」
 イレブンが口ぐちに俊也をたたえる。六郎は所在無さげにボールを片づける。(何で届かないんだ。)六郎は手を強く握りこむ。
 「今日の練習はここまでにしよう。明日はみんな当たり前だけど遅れるなよ。」
 田中が練習終了を告げる。

 練習終了後、六郎はグランドに残り、走るために準備体操をしていた。俊也が六郎のそばによってくる。
 「決勝前にも走るのか。」
 「うん。いつものことだから。」
 「今日くらい俺も一緒に走るわ。」
 2人でグランドを走り始める。無言で3周ほどしたところで俊也が話始める。
 「準決のPKの時声かけてくれてサンキューな。」
 「ううん。」
 「お前が大声出すの初めて見たよ。」
 「そうかな。」
 中学時代、誰より試合では情熱を持って臨んでいた。しかし、俊也と出会い、自信が無くなるにつれ、六郎は自分を出すことを避けるようになっていた。あの時大声を出した理由は自分でもよくわからない。でも負けたくない、その気持ちがあったことだけは覚えている。
 「六郎は何でキーパー選んだんだ?」
 「なんでって?」
 「だってキーパーは点取るわけじゃないし、ミスしなくて当たり前のポジションだろ。」
 六郎は幼き頃W杯フランス大会で日本代表川口の姿を見た時からGKを目指してきた。みながFWやMFを希望する中頑なにGKにこだわってきたのだ。だがそのことは告げず、
 「うーん、監督にやれっていわれたから。」
 「そっか。まあ俺も似たようなもんか。」
 「俊也君は?」
 「俺は元々、小学時代バスケやってたんだけど、サッカー部の監督からキーパーにどうだって言われたのが始まりだな。まあ、タッパもあったし、やってみたら自分でも面白いくらい止めれて、はまったって感じかな。」
 幼き頃より追い求めてきたポジション。中学時代、情熱でレギュラーを務めた自負が六郎にはあった。誰より練習し、走ってつかんだ正ゴールキーパーの椅子。でも目の前にいる男はやすやすとその座に座り続けてきたのだろう。(違うチームだったら・・。もし学年が一つでも違えば・・。)考えたくないことが頭をよぎる。3年間頑張れたのは俊也を追いかけたからかもしれない。しかし、俊也がいなければキーパーの椅子に座っていたは自分だっただろうとも思う。
 「六郎、今日のPKなんだけどな。あれじゃとれねえわ。だってお前、全部相手より早く動いちまってるからな。」
 「そ、そうかな。気をつけてたけど・・。」
 「まあPKってのはセンスだからな。」
 「センス。そんなもの無いことくらい分かってるよ!!。」
六郎の中で何かがプチんと音を立てて切れるのが分かった。抑えてきたものが噴出する。止めようとしても止まらない。 
「おい、六郎。何だよ急に。」
「寝る前にいつもいつもイメージを掴むためにビデオ見て本読んで筋トレもしてるんだ。背が伸びるために牛乳だって飲んでるんだよ。」
「落ちつけよ!!。」
「入学してから毎日走ってるんだよ。雨が降って部活が無くたって僕は走ってきた。その日々は誰にも馬鹿にさせないよ。」
 「俺がいつそんなこと言った!!。」
 「俊也君には分かんないんだよ。届かない者の気持ちは!!。」
 俊也は戸惑いの表情を見せた後、
 「でもどうあろうと試合に出れるのは一人だけだ。」
 六郎の目を見ずにそう言い捨てると、
 「明日決勝だし、そろそろ上がるわ。」
 六郎はランニングから引き上げる俊也の背中を見つめながら、何故今そんなことを言ったのかひどく自分を責めた。木枯らしが吹く中。六郎のはずんだ息は白かった。

 決勝当日、運命の日、雪がぱらついている。この時期の雪は珍しい。対戦相手は、勿論、帝陵高校。続々と観客席は埋まり、TV局や新聞等メディアも準備を始める。帝陵高、兵藤と三真高、俊也のU‐19日本代表対決が決勝を更に盛り上げ、注目度は過去の県大会決勝をはるかに超えたものとなっていた。
 「フレー、フレー三間高!!。」
 「フレー、フレー帝陵!!。」
両校応援団が声援を始める。学ランに鉢巻きの生徒が音頭をとり、チアガールはボンボンを力いっぱい降る。ベンチ入り出来なかった選手達もあらん限りの声をピッチに送り始める。
 
 「集合!。」
 控室で、田中が声をかける。ウォーミングアップをしていたイレブン達は動きを止め、田中を中心に集まる。各々顔は寒さと緊張で紅潮している。いつも一緒にウオーミングアップしてきた六郎と俊也だが今日は別々にウォーミングアップを終えた。田中が隣の選手と肩を組む。序々に輪が広がっていく。田中が気合いの入った目つきで皆を一望し、静かに語り始める。
 「俺達はここまで来た。でもここからだ。真の戦いは今日、今、ここにある。過去を乗り越えよう。そして三間高の新しい歴史を作ろう。」
 そこまで言うと、田中は大きく息をひとつ吐いた。
「絶対勝つ!!。」
控室に大声が割れんばかりに轟く。
「いくぞ、三間高!!。」
「おーー!!。」
皆、力強く円陣から離れ、競走馬が放たれるようにピッチへ飛び出していく。俊也が一人その場から動かない。震える膝を懸命に抑えている。しかし、顔には笑みが浮かんでいる。六郎は武者ぶるいをする人間を初めて見た。声をかけようとしたが、言葉が見当たらず六郎は無言で俊也を残し控室を出た。

「ピピー!!。」
作品名:この手に届け 作家名:間 聖人