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心の病に挑みます。

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そんな毎日を数日過ごしたある日、個室から出ることを許され、雄志は白い病棟内を歩いた。動きのゆっくりな新しいタイプの人たちがたくさんいるなと率直に思った。僕を守るためどこか新しい星の宇宙人が僕を見守りにきたのかな・・・はて・・・と、頭の中が妄想で再びフル回転していた。
「俺もこのゆっくりな人たちの中の一人なのか・・・」
状況を受け入れざるを得なくなると不安になって仕方がなかった。大学はどうなっているのだろう。内定していた会社はどうなるんだろう・・・。
 病院の食堂の中央に置いてあるテレビを見ながら、夕食を食べていた。野球が放映されているようだ。将棋をしている人もいた。ボーッと歩いている人もいた。雄志もその一人だった。食後の薬を飲み、部屋へ帰ろうと迷路のような廊下を通っていくと、
「お風呂ですよ」
 介護スタッフに声をかけられ、次々と皆がお風呂に入っていく姿がみられた。
「体は自分で洗ってね」
忙しそうにそう言われながら、雄志もお風呂に誘導された。お風呂は雄志には熱すぎて、水をいくらか足してぬるめにした。
「段々この生活にも慣れてきたかも」
2週間ほどたち、ふと雄志は思い始めた。
 人生焦らなくてもいいんだ。自分一人でなにもかもやろうと思わないでいいんだ。
誰かに助けを求めるのも時には大切なことだ。そう感じられるようになった。
3週間後、雄志は6人部屋へと移り、他の5人に断って、また朝と夕方にお経を読み始めた。なぜか欠かさず続けていた。
 昼食を食べると、男性の中林准看護師が部屋に入ってきた。
「雄志君、ソフトボールやろうか?」
 中林准看護師に声をかけられ、雄志は初めて外の空気を吸えるようになったのだ。
 病棟は最近新しくできたのだろうか、きれいな白色の建物は森林の中でひときわ際立っていた。
「僕はこの中にいたのか・・・」雄志は、しばしこの“特別な建物”見つめていた。
はじめての外出で、街の景色が随分新しくなっているような気がした。ここは別の国か?まるで別世界へ連れていかれたかのような気分に陥った。
「僕はどこにいるんですか?」
「緑町(みどりまち)(仮称)だよ」
「緑町?」
雄志は首を傾げた。
「緑町ってどこですか?」
「東京だよ」
なぜ東京にいるのかさっぱり検討がつかない。あれからどうなったんだろう・・・私は護送されて、本・部・にいくはずじゃなかったのか・・・。
 交差点をわたっていると、信号の向こうから一台の乗用車がきた。その車はハザードをたいている。ハザードは、『私はあなたの味方だ、あなたの安全を見守っているよ』といってくれているように思えた。それとも何かの合図か・・・本部からの出迎えか?やはり私は秘密のカギを握る特・別・な・存・在なんだ!
雄志は手を振りながらその車に近付いていった。
「危ないよ、こっちだよ」
雄志は中林さんに止められた。薬の副作用なのか、ふわふわした気分のまま近くのグラウンドに入った。ソフトボールは、自信があった。胸一杯に空気を吸い込むと雄志は走り始めた。
「今まで部屋に閉じ込められていたからな。思う存分走るんだ」
雨で少しぬかるんだ地面をかまわず走って行く。
「広い!大きいな!おーい!」
「おぃ、雄志君、こっちがホームベースだぞ。」
「いいんですよ、僕は走りたいんです!」
しばらく走り回っていた。ソフトボールにも思い切り参加し我を忘れて遊んだ。久しぶりに動きまわったせいか、足と腕が少し筋肉痛を起こし始めた。
「さあ、みんな帰ろうか」
中林さんの合図で皆、病棟へ引き上げ始めた。途中のコンビニで雄志が菓子パンを食べたいと言うと、
「今回だけだよ、誰にも言っちゃダメだよ。」
と許してもらえた。病院では食事以外に菓子パンを食べることは厳禁なのだ。
あるとき、雄志が
「僕は悪の組織に本当に狙われているんです!殺されるかもしれません!」
と泣きそうになりながら訴えたとき、
「大丈夫だ!俺がいるじゃないか!安心しろ!」
そう言って温かく励ましてくれた。またあるとき、中林さんは
「今は准看護師だけれども正看護師を目指して勉強する」
と言っていた。雄志は頼もしい中林さんを兄貴と呼んだ。兄貴は親身に話しを聞いてくれた。
朝が冷え込んでくる季節となった。
「雄志君、風船バレーをしない?」
看護師の明美さんから声をかけられた。明美さんは若く見えるが、20歳すぎの息子がいるらしい。驚いた。周りの人は高齢の方も多くいたので、雄志は車椅子に座ってのプレーだった。体育館の中で雄志はチームの代表となり、思う存分プレーした。みんなが盛り上げてくれた。楽しい思い出をつくった後、今度は映画鑑賞をしようと看護師さんに言われた。
精神疾患をもちながら普通に地域で生活している学者の姿が映っていた。初めて見る映画であるが、主人公の妄想する心理状態に共感できるものがあった。
だんだん毎日が楽しくなってきた。ふわふわした気持ちで過ごしていたその数日後、突然、両親の姿が見えてきたのであった。
突然現れた両親に、始めは秘密組織の誰かが両親に化けて出てきたのかと強く警戒していた。
「雄志、なんでしかめっ面なの?お母さんよ、わからないの?」
母は少し悲しそうな表情をした。
「雄志、元気か?」
父がけげんな顔をして聞いてきた。
「うん、楽しくしてるよ」
「雄志、やせた?」
母は心配そうに声をかけた。
「病院食だからね」
雄志はもっといろいろ話がしたかったが、薬の副作用か、ろれつがまわらなかった。
「こんにちは大和雄志さん」
とそこに白衣をまとった涌井さんが部屋に入ってきた。
「初めまして、ケースワーカーの涌井です。」
そういうと、涌井さんはノートを広げはじめた。
「雄志さんは入院されてから大分落ち着いてきました。そろそろ退院されてもよい状態ではないかと思います。」
「え!?もうここを出ないといけないの?居心地よかったのに残念だなぁ」
「大学には休学届けを出されてますね?今は12月ですから、春まで自宅で休まれるのはどうでしょうか?」
「雄志、どうする?」
父が聞いてきた。
「どうしたらいいのかわからんわぁ・・・。どうしよう。」
雄志は返事に戸惑った。まだ自分で判断できるような状態ではなかった。どうしたらよいか、わからないし、考える気力も落ちていた。結局、両親の意向で退院することが決まった。
「中林さんにお礼を言ってくる」
「雄志が『兄貴』と慕っていた人やな」
雄志は中林さんが来るのを待った。
「雄志君、退院おめでとう、元気でな、またどこかで会おう、僕は正看護師目指して頑張るよ」
「兄貴・・・(涙)」
兄貴は手を振りながら雄志が病院を後にするのを見送ってくれた。
2000年(平成12年)12月 雪のふるなか、荷物を抱え雄志は退院した。
「現実に引き戻された気分がする・・・。」
東京から大阪へ向かう新幹線の車中でそう感じながら雄志は静かに本を読んでいた。小田原を通過したあと、富士山を見つめようとしたが、残念ながら曇って見えなかった。
「成長と葛藤を繰り返した学生時代もひと休みになるのか。」
雄志は第二の故郷を離れることを少し淋しく感じた。
作品名:心の病に挑みます。 作家名:大和雄志