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わたあめ

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プロローグ:葬儀から三日


 暑い。
 こんなムンムンとした体育館に敷き詰められてるのはあんたのせいよ、佐菜。
 まったくいい迷惑。
 あんたが死ぬから。

「…それでは、倉橋佐菜さんのために皆で冥福を祈りましょう」
 几帳面なメガネをかけた几帳面な顔の校長がしずかに促した。他の先生たちはみんな、黙って下をむいている。校長先生の声までむわっとしている気がする。
 苛々する。周囲の馬鹿なすすり泣きも。ああ、ここは異空間だ。一体ここはなんなのだ。少なくともあの日ではない。…と、思い知ってしまうのだ。
 錯覚すら出来ないくらいに残酷に。
「…ね、優美香」
 横に並んでいた柳沢が少し首を傾け、汗を垂らしながら囁いてきた。胸が大きくて背が小さくて脳みそも小さい女だ。長い髪をうっとうしそうに掻きあげている。こういう女が一番男の心をつかむのが上手い。そして何より、したたかだ。高校生というつまらない若造の私は、だけどもうそれをぼんやりとは理解している。
 でも、だからなんだ。それが一体どうしたというのだ?
 と、言える強さが。そういった類の強さが。あのこには無かったのだろう。…だから佐菜は死んでしまった。
「佐菜が自殺したのってさ…山田君にフラれたからってほんと?」
 くるりと輝く瞳が一瞬私を掴んだ。
 あぁ、あぁ。
 なんてなんてカラッポなのかしらこのこは?
 私は、好奇心と何気なさの詰まった彼女の瞳から逃れることができない。だから、すぐにまた校長の方を向いた。
 素で聞いたとしたら無神経で無知にも程がある。彼女はわざと自分の“そういった”キャラを利用したのだ。学校中の皆が思っていて、それでいて皆がいいこぶって聞けないことを聞くために。それが許される柳沢を、私は嫌いではない。
「違う」
「えーそうなの?てっきり山田君が転校した時にフラれたのかと思ってた。…クラスの女子も皆そうやって噂してたよ」
 私は小さく鼻で笑った。
 柳沢は一瞬ムッとし、すぐにそっぽを向いて左隣の女の子の方に何事か囁き始める。そしてこれでもかというくらい薄っぺらな同情を込めた瞳で私を見た。
 私は呆れることもできなかった。
 そうは言っても、柳沢はわけもわからず泣いている他の女子たちよりは随分ましだ。そもそも私だってわけがわからないのだから。
 けれど、たった一つだけわかることがある。
 私は結局何一つ佐菜を理解していなかったということだ。
 ああ佐菜。
 私はあなたに会いたいよ。
 ありきたりだけど言わせてもらう。
 ばかやろう。死にやがって。ふざけんな。

作品名:わたあめ 作家名:川口暁