くにおの世界
7 肝試しに行ったんだ、町内でも有名な、いわくつきの森だった。二人一組になって、順番に、森の奥の祠から賽銭を盗んでくるという方式で、それ自体は怖がりつつ楽しみつつ、何事もなく終わった。冷たい風が吹き付ける。背筋が凍った。その時、一人が言った。「……さむいねー」そう、サムが居ない(サム、居ねー)ということに……!
「サムって誰だよ!!」
8 酒が入って家に帰ると、必ずと言っていいほど同じ坂で転んでいた。かなり角度のついた坂で、アルコールで若干ふわふわしたいい気分で歩いていると、かくん、と膝が笑ってそのままバランスを崩すのだ。今のところ大惨事に至ったことはない。それなら酒を断てばいいだろう、と学生諸君は思うかもしれない。社会人はそうとはいかないのである。付き合いというものがあるし、飲まないとこの世の中はやっていけない、そもそも俺は酒という飲み物が大好きだ。その日の帰りもまあ酔っていて、かろうじて真っ直ぐは歩けていたと思うけど、傍から見ればそれはそれは危なっかしい足取りだったんじゃないだろうか。その日は馴染みの店で飲んでいて、ママがお土産にって頂きものの和菓子を袋に詰めて持たせてくれた。子供舌の俺は、それらをつまみに家でまた一杯やろうかなとか思っていた。そんなことを考えながら、上機嫌で歩いていたら、案の定、転んだ。ここ、僅かな段差でもあるのだろうか? そう思って、転んだ足元を振り返って見てみると、地面から白い腕がにょきっと生えていた。声も出ず、そのまま放心状態でじーと見つめていると、腕はびくりと反応して、「違う違う」と手を振った。誤魔化す気である。それでもじーっと見ていると、おさまりが悪くなったのか、あたりを見回すように手を捻って、そのあと、地面に転がったみかんをせっせと拾ってくれた。いや、なんか、ありがとう。
9 帰宅して、化粧を落とすのに洗面台に向かっている時間が怖い。ひとりきりの部屋なのに、確かに人の気配を感じる。髪を洗ってる時とか、よくこういうこと言うけど、本当に怖い。背筋がぞくりとなって、ウォータープルーフのマスカラは中々落ちない。早くここから、この鏡の前から動きたいのに。鏡の向こう、私の後ろには、見覚えのない女がじっとこちらを睨んでいる。
語り手 塩出快(2012.10.)