くにおの世界
1 気の知れた友達と飲んだ帰り道。なんとか終電に間に合った俺は、最寄駅から十分の自宅マンションに向かって歩いているところだった。電車から降りてすぐは、酒が回って火照った体に心地よい風が吹いていたが、今では汗が冷えて寒いばかりだ。それというのも、駅を出てからずっと、誰かにつけられているからである。俺の足音に紛れて、もう一人分の足音。俺が止まれば止まり、走れば走る。曲がり角でそれとなく後ろを振り返ってみるも、姿はまるでない。しかし、確かに足音はする。必死に心を静にして、歩いている今でも―。早く落ち着ける家に帰りたくて、公園を突っ切ることにした。普段は怖いから(おばけ的な意味でも治安的な意味でも)って遠回りしているけど、既に怖い体験しているんだ、現在進行形で。少しくらい怖さがプラスされたって、どってことない……と言い聞かせて公園入口の子供飛び出し防止フェンスを跨ぐ。昔、自殺があっただか何だかってイワクのついた公衆トイレや、赤錆びて最期の表情みたいになった銅像を見ないようにして、足早に通り過ぎる。足音も、俺と一定距離を保ってついてきているようだ。家までついてこられたらどうしよう。まあ、マンションだし部屋まで確定されるってことは……その時はその時だ。ずんずん公園の中を歩いていく。この公園は、中に緑生い茂った林があったりして、なんだかんだ広い。そうだ、林。ただひたすらに正面だけを見て歩くようにしていたのに、思わず林の方を向いてしまった。枝と枝、葉と葉が隙間なく折り重なって、夜の闇をより深いものにしている。なにがあるのかわからないという戦慄さえ感じさせる。風の音もなく、林の木々が揺らいだかと思うと、あれだけピッタリついてきていた足音がない。もしかしたら、これは俺の想像だが、あの足音の主も、ひとりの帰り道が怖くて、それで俺の後ろを歩いていたのではないだろうか。