放課後シリーズ
やる気も本気もなかなか見せない上芝の内面にそんな思いがあることが――まるで自分の弓など眼中にないと思っていた彼が、認めてくれていたと言うことが、森野には何だか嬉しかった。
「だから言いたなかったんや。おまえ、すぐに図に乗るからな。言うとくけど、そんなん理由の一つでしかないから。そんだけの為に大阪に帰るって思うなや」
オレンジ色が徐々に教室を侵食している。上芝の頬が赤く見えるのは、その色のせいなのか、それとも自身で赤くしているのか。
「仕方ないなぁ、そう言う理由で大阪に逃げるんなら、許してやるか。せいぜい倉橋にしごいてもらえよ」
「ちゃうって言うてるやろ。なんでおまえに許されなあかんねん」
あまりに森野がにやにや笑うので、上芝はその額を指で弾いた。
「なんだ上芝、まだ残っていたのか?」
開いたドアから教師が顔を覗かせた。上芝のクラスの担任だ。上芝はペンを置いて、日誌を閉じる。「今、持っていくとこでした」と答えてドアのところまで歩み寄り、一言二言教師と話しながら日誌を手渡した。
「ほな、帰ろか」
戻った上芝は教室の戸締りを始め、森野もそれを手伝う。
「な、部活、覗いてかないか?」
教室の鍵を閉めたところで、森野は上芝に言った。このまま、ただ帰路につくのはあまりにもったいない。
「小橋と杉浦の指導っぷり、見に行こうぜ」
「おまえ、一昨日も行ったんちゃうんか? あんまし行ったら嫌がるで」
「だから面白いんじゃん。前主将と副将が揃って見に行ったら、すっげえ緊張すっから」
「少なくとも俺らより、しっかりしてると思うけどな。だいたい仕事、あいつらに押し付けっぱなしやったやんか。俺ら、評価低いで」
「終わり良ければ全て良しって言葉、あるだろ? 何たって前主将はイン・ハイ優勝者なんですから。あいつらの本当の評価は結果を出してもらってからさ」
「さよか。俺は受験生やねんから、すぐ帰るからな」
肩を並べて歩くことは初めてじゃない。ただいつもと違って森野は、上芝を近く感じていた。それは彼の内面に触れたからだ。触れた程度、まだ何も知らない。
――でも、こっから始めればいいや。まだまだ時間はあるんだから
弓を続ける限り、道はいつでも重なっている。あの一射を森野が追いつづけ、上芝が取り戻そうとする限り。
「よし、練習嫌いの汚名返上じゃー。今日からまた引くぞー」