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(続)湯西川にて 11~15

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(続)湯西川にて (11)乙女の蝶結び


 「ではまず、帯結びの用語などを覚えましょう。
 手に取った帯の端を縦半分に折ります。
 この折り目のことを「輪(わ)」と呼びます。
 また、手に持ち「輪」を作った側の端をほうを
 「手先(てさき)」と呼び、
 落とした(垂らした)ほうの端を、「垂れ先(たれさき)」
 と呼んでいます。
 これが帯結びを結ぶときに覚える、最初の約束事です。
 これだけを覚えれば、もう誰にでも帯を結ぶことができます。
 はい、やってみて」


 戸惑ったままのやよいを尻目に、帯の両端を示しながら、
輪を作ったこちら側のほうが手先、幅が広く残ったままのほうが垂れ先と、
清子が説明を繰り返します。


 「帯丈の中心は、全体の長さの2分の1です。
 ここの部分を右手で持って、身体の中心にまず当てます。
 て先を、身体の脇線から半分ほどに折り曲げて、て先を上にしたまま
 身体に二巻きほど巻き付けていきます。
 そうそう、上手だわ。
 次は、左脇から、垂れ先を三角に折りあげます。
 帯と言うのは、つねに身体の前で結びます。
 しっかりと自分の前で形を作ってから、時計回りに後ろ方向へ回します。
 慣れればいつでも自分で、すぐに出来るようになりますから」


 帯の締まり具合を確認しながら、清子が手順を丁寧に説明をしています。
いつの間にか、やよいの表情も真剣そのものに変わってきました。



 「半分に折った、て先を、たれ先の上になるように交差をさせます。
 て先が上になるように、帯の上線の位置で結び目をつくりましょう。
 て先が上にくるようにしたまま、結び目をクロスさせて、
 ここでねじ上げます。
 結び目が出来たら、たれ先を広げて、羽根を作る準備をいたしましょう。
 ここから先がポイントなのよ!
 たれ先を返して、羽根の形を作ります。
 そしたら、羽根の中心に、W字型のひだ「中山ひだ」を作ります。
 そうそう、Wの形をしたひだの形を、しっかりと作ってね。
 ほうら、帯がだんだんと、蝶々になってきましたよ・・・・」


 帯の形が進むにつれて、やよいの瞳も輝やきが増してきます。
「呑みこみがいいわ、あなたは。とっても」、そう言われると、やよいは、
さらに嬉しそうに、両方の頬を上気させます。


 「さて、それではいよいよ仕上げです。
 帯の、て先を下げ、左手で結び目を持ちます・・・・
 そうそう、そんな形に。
 後は、リボンを結ぶ要領で、て先と、たれ先をしっかりと結び上げます。
 結び目は、帯の上線の中に入れ込みます。
 そこまで出来たら、あとはしっかりと形を整えるだけです。
 ほうら、可愛い蝶結びが完成です。
 右手で結び目を持ち、左手で帯の後ろの部分を持って、
 時計回りに回しましょう。
 ほら、見事に、蝶結びの完成です。
 どうかしら。思っていた以上に簡単でしょう。
 あとは練習次第で、どんどんと可愛く自分ひとりで作れるようになります。
 はい、以上で、帯の講習は終わりです。
 たいへん、お疲れさまでした。やよいちゃん」


 「あのう・・・・」とやよいが、赤い顔をしながら口ごもっています。
「あら、どうかなさって?」、と、清子が静かに顔を寄せます。


 「先ほどは、大変に失礼をいたしました。
 悪気があったわけではありませんが、ついつい悪戯心を
 おこしてしまいました。
 とても悪い子です。ご免なさい・・・・」

 と、結んだばかりの蝶々の帯に触れながら、なぜかうつむいたまま、
やよいが、うっすらと涙ぐんでしまいます。



 「女は、本能的に、美しくなりたいと願っている生き物なの。
 あなたは何一つ悪くないわ。
 それよりも、前触れもなく突然やってきた、私たちのほうが悪いんだもの。
 恋する乙女は、いつだってときめいていたいし、純情でいたいものよ。
 少しくらい反発するのも、無理はありません。
 あなたは十分に綺麗だし、心根もとても素敵だし
 なによりも、着物の似合う美人です。
 はい。覚えて頂戴ね。
 私が教えてあげた、乙女の蝶結び。
 これで、お互いに、おあいこということで、いいかしら?
 俊彦くんの事は、この先もいろいろとたぶん有ると思いますので、
 なにかにつけてお願いします。
 私はお仕事があるから、一週間で湯西川へ帰ってしまいますが、
 あとのことは、可愛いあなたにお願いをしたいと思います。
 いいこと。
 これは私たち二人だけの決めごとで、女同士の秘密です。
 大将や俊彦君には、絶対に、内緒にしておいてくださいね。
 私と、その約束をしてくれますか?ねぇ、別嬪さん」


 結んだばかりの蝶結びを大きく揺らし、
ゆかりが若さをいっぱいに爆発をさせて、嬉しそうに座敷の中を
飛び跳ねています。