小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Beautiful This Earth

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「その『宇宙の渚』の成分組成が変化している。無視できないほど著しくね。地球人――人間が放出した物質が主な原因と突き止めたんだよ」
「それが?」女の子のととのった眉がゆがむ。ナユタのいわんとするところを先取りしたのだろう。
 それでもナユタは口にする。
「『宇宙の渚』の成分組成が変化したために太陽からの磁気嵐に作用をおよぼしてね。で、おおざっぱに言うと太陽系全体のダークマターに干渉をはじめたんだよ。波紋が波紋を呼んで、いまや銀河系のこのオリオンアームにダークエネルギーの吹き溜まりを作っている。すでに30000を超える恒星系の環境が狂い出していてね。一刻の猶予もないってコトなんだよ――って言ってもわかんないか」
 笑い飛ばそうとしたナユタに女の子が青ざめた顔で「大変じゃん」とつぶやいた。
「それって想像を絶するくらいの生態系に影響をおよぼしていて、その根源がこの地球ってコトでしょ」
 ナユタは薄く笑う。本当に――消すには惜しい人材だ。女の子の発言を黙って受け入れている男の子の度量も実に惜しい。
「それに」とナユタは付け加える。
「キミたちがどんなに文句を言ってもムダなんだよ。上の決定だからね。俺はただ仕事で来ているだけだ。――働いたことのないキミたちにはわかんないだろうけどね。社会というのはしがらみに満ちているんだよ」
 2人は再び無言になる。

   *** 

 意地悪するつもりはない。それでもナユタはついダメ押しをする。
「そもそもこのありさまじゃあねえ。『宇宙の渚』の件がなくても、俺もこの世界は潮時だと思うよ?」
「ここのどこが悪いんだよ」男の子が唾をとばす。
「ポプラの綿毛だってこんなにふわふわ飛んでいるし、ガザニアの黄色い花は満開だ。ラベンダーだって咲き乱れている。トウモロコシは甘くて香ばしくて最高だ」
「ここはね」とナユタはくわえたパイプを上下に動かす。
「でも他はどうだい?」
「紛争地帯のこと?」女の子が苦い顔をしてナユタを見た。ナユタはうなずく。
「戦争をしていない地域、それがどれくらいかわかっているかい? たまたまここが安全地帯。自分たちには戦争とは直接関係ない地域。だから、『ここは悪くない世界』なのかい?」
「イラクのミサイル撃墜事件のことばかり考えて暮らしていられないわ。飢餓で飢え苦しむ子どもたちのことばかり考えてもいられない。わたしたちにも生活があるもの」
「正論だ」ナユタは指を鳴らす。
「ならどういう世界だったらよかったんだよ」
「そっくり返そう。どういう世界ならいいと思う?」
 2人は黙る。思案しているようだ。その間も握り合った手だけは離さない。世界の最後の絆とでもいうようだ。
「ゆるがない世界ってのはどうだ。だれも争わないし、みんなでなかよく暮らすんだ。どんな困難もみんなで協力して立ち向かう。どうだ。完璧だ」男の子が鼻を膨らませる。
「いろんな変化がある世界がいいな。風が吹いて木々が揺れるように、いろんなことが起きる。でも今の世界とは違うの。なんていうか、もっと――」
「つまり」とナユタは話をまとめる。「2人もこの世界に不満というわけだ」
 2人は言葉に詰まる。
「いいねえ、いいよ。キミたちが世界を創ればさぞ素晴らしいだろうねえ。けど、ここはそうじゃない。ゆがみ、へだたり、何事にも『過ぎて』いる。やりすぎだ」
 ナユタは言葉を切る。パイプを深く吸ってゆっくりと息を吐き出した
「いろんな意見がある。聞いていたらきりがないし、言えることはただひとつ。なにごとにも、終わりがある、ということさ」

   *** 

「ごめんね。時間だよ」
 ナユタは立ち上がるとライフルのカバーをはずした。
 そこでふと思いつく。
「キミたち、名前は?」
「ダイチ」男の子が答える。
「ソラ」女の子が答える。
「……いい名前だ」
 ナユタは空に向かって引き金を引いた。銃口から空に向かってするどくまぶしい光が伸びて、ナユタの長い髪が舞い上がった。
 一瞬だ。
 まわりの景色が白色一色になる。
 青い空も花壇にあったペチュニアの赤色も緑色の木々もトウモロコシワゴンの黄色もベンチの茶色もなにもかもが真っ白になる。
 公園だけではない。地球全体だ。真っ白く分厚い氷で覆われる。山も海もなにもない。見渡す限りの氷。地平線の先まで、なにもかもが氷だ。海抜6000メートル級の氷だ。
 全球凍結、スノーボールアースだ。
 ナユタは氷の上に浮かんでパイプをふかした。
「結局は力技になるんだよなあ」
 ひとしきり仕事ぶりを眺めて、ナユタは髪を掻いた。
 そして口元をわずかに上げると、氷の大地の上に手をかざした。ダイチとソラがいた場所だ。
 やがてそこから2つの芽が姿をあらわした。
「コレくらいは規約違反にならないよねえ。一度はきっちりと世界を終わらせたんだしさあ。任務はこなしたわけだし」
 真っ白い大地の上で2つの緑色の芽がそよとゆれる。
 地表の氷が解けるまでおよそ1000万年。それまでには『宇宙の渚』の環境も回復していることだろう。バリアを張ったナユタを裸眼で見抜ける力を持つダイチとソラ。2人が創る世界はどんな世界か。
「俺もまだまだ甘いねえ」
 苦笑をしてナユタは姿を消した。


(了)
作品名:Beautiful This Earth 作家名:天川さく