月姫
とても緊張する仕事だった分、やりがいもある仕事でした。
なので、少女にとっての友達仲間たちは、
気心知れたホッとできる存在だったのです。
その仲間に、お姫様を入れるということは、
仕事の延長になってしまうので、とても考えられないことでした。
少女は、すぐに返事ができず、戸惑ってしまいました。
その様子を見たお姫様は、すぐに少女の気持ちを敏感に感じ取ってしまいました。
別に、少女が意地悪でもないし、悪いわけでもないことは、
お姫様にだってわかります。
そう、誰も悪い人なんていません。
でも、お姫様の気持ちは、とてもとても悲しくて、
とてもとても寂しいものでした。
しかし、そのうちに、憎くて悔しくて許せない気持ちに変わって行きました。
お姫様は、王様とお妃様に頼んで、
少女がお城で一緒に暮らせるようにと頼みました。
びっくりした王様とお妃様ですが、
お姫様が少女のことを気に入っていることがわかるので、
さっそく召使に、大金を持たせ、少女の家に頼みに行かせました。
少女の家族は、猛反対しました。
少女も一度は断りましたが、家族のため、お城に行くことを決めました。
そして、お姫様は少女を独り占めにして、楽しく暮らすようになったのです。
お姫様は、本当に幸せでした。
ところが、段々、少女の元気がなくなってきました。
家族や友達を思い、ひっそりと泣いているのを、
お姫様は、何度か見てしまいました。
王様とお妃様も、その様子を知り、お姫様を呼んで言いました。
「姫、私たちにとって、お前は宝物だ。心から愛しく思っている。
親というものはそういうものなのだろうね。
いなくなったら、狂ってしまうほど辛いものだよ。
きっと、少女の両親も、今頃泣いているだろう。
小さな弟や妹たちも、仲良しの友達たちも辛いだろうな。
少女を本当に友達だと思うのなら、友達の幸せを一番に願いなさい。
それが友情というものなのだよ。」
お姫様は、3日間悩んで考えた挙句、少女を家に帰すことに決めました。
そして、少女は、喜んで帰っていきました。
少女がいなくなった後のお姫様は、またコッソリと少女の家を見に行きました。
家の中は、明るい笑い声で楽しそうです。
何だか、友達も来ているようで、それはもう賑やかでした。
お姫様は、寂しくなったけれど、これで良かったのだと思いました。
人の心は、お金では買えないことがわかりました。
本当の愛は、一方通行なのかもしれません。
大好きな人が幸せなのが一番なのですから。
お姫様は、それから毎日、前のように、庭の花を見たり、
愛犬ジェニーと遊んだり、一人で穏やかに過ごしました。
それはとても寂しいことでした。
毎日毎日、ひとりで過ごしました。
ある晩、枕元に妖精が降りてきました。
「あなたは誰?」
お姫様が聞くと、
「あなたの胸の中に住んでいる、孤独の精です。」と言いました。
お姫様は、
「あなたですか。私をこんなに苦しめるのは。
どうか、私から去って行ってください。
私はあなたが大嫌いです。」
妖精は、悲しそうに見えなくなりました。
また、ある晩のこと、今度は天使が降りてきました。
そうなのです。
実は、お姫様は、少女が去ったその日から、ずっと天使を呼んでいたのです。
「天使さん、待っていましたよ。私は寂しさに苦しんでいます。
どうか、寂しさや悲しさを感じない場所に連れて行ってください。」
天使は言いました。
「あなたが去ったら、今度は、王様とお妃様は悲しみますよ。」
お姫様は、苦しそうに言いました。
「わかっています。でも、私はこの孤独に耐えきれないのです。
それならば、一体どうしたらいいのでしょうか。」
天使は言いました。
「まず、孤独の精を好きになりなさい。
孤独は悪者ではありません。
時には時間をくれ、時には思いを巡らせてくれ、
いろんな考えを与えてくれます。」
さらに、天使は続けました。
「それから、これから毎日、街に出かけなさい。
いろんなものを見て、少しでも感じたものを心に留めておくのです。
そして、もし、誰かと言葉を交わすことができたら、
一期一会だと思って、笑顔で接しなさい。」
そう言って、消えていきました。
お姫様は、それから、毎日街に出かけていきました。
今日の目に留まった光景は、
小さな子供がアイスクリームを顔中くっつけて食べている様子でした。
思わず、お姫様がクスッと笑ったら、そばにいたお母さんも、
笑顔で返してくれました。
次の日、目に留まった光景は、お年寄りが転んで、
荷物が散らばってしまった光景でした。
お姫様は、すぐに駆け寄り、荷物を集めて、
お年寄りの手を引き、家まで送り届けました。
お年寄りは、たいそう喜んで、温かい紅茶を淹れてくれました。
お城に戻れば、孤独の精と仲良くし、
読書をしたり、考え事をしてみたりして、時間をつぶしました。
それでも、お姫様の寂しさは、なかなか消えては行きませんでした。
だって、お姫様の欲しいものは、友達なのです。
仲間が欲しいのですから。
こうして、何日も何年も同じ日々を繰り返して行ったのです。
それでも、お姫様にはお友達も仲間もできませんでした。
ある晩のこと、天使がまた降りてきました。
「その後、どうですか?
寂しさは何とか治まりましたか?」
お姫様は、首を横に振り、こう言いました。
「いいえ、どんなに努力しても寂しいのです。
どうしても叶わない夢は辛いのです。
お願いです。
私を、この寂しさから救ってください。
お父様とお母様は、ふたりで何とか頑張ってくれるでしょう。」
天使は、とても悲しそうにお姫様を見ました。
「わかりました。それでは行きましょう。」
天使は、お姫様を連れて、空へ昇って行きました。
そのあと、空に白い月が浮かび上がりました。
満天の星の星座のなかに浮かび上がる月は、とても幻想的でした。
そうなのです。
天使は、お姫様をお月様に代えたのです。
もう寂しくはありません。
悲しみもありません。
人々は、いつも空を見上げます。
寂しくなると、月を探すものです。
そして、なぜだか、月を見ると心が癒されるのです。
お姫様は、たくさんの星に囲まれて、空で輝いていました。
時には丸くなり、時には細くなり、時には、雲をまとって朧になり、
皆の幸せを願い、寂しそうに淡い光を発して、照らし続けるのです。
そして、愛する人たちを、ずっと永遠に見守り続けています。
今夜も月が出ています。
寂しかったお姫様は、寂しい人のために、
また今夜も、癒しの光をそそいでいますよ。
どうか、あなたも、見上げてみてくださいな。