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護国の騎士

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リンドラーンの騎士団を率いる護国の騎士。セシル騎士団長。
それが俺の上司だ。
あの人が騎士団長になったのも今から五年前。あの頃、リンドラーンは隣国の侵攻を受け、危機的な状況にあった。
リンドラーンは小さな国だ。同盟を結んだ大国の庇護の下、農業と鉱業を糧に穏やかに暮らす平和な国だった。
そんなリンドラーンで最も価値があるものが、ダイヤモンド鉱山だった。隣国はその利権を求めて、リンドラーンに侵攻したのだ。もちろん自衛のための騎士団はあったが、それほど強くない魔物の討伐くらいしかしたことがなく、長らく平和だったリンドラーンが突然の侵攻に対応できるわけがなかったのだ。
 本来なら、このような場合は同盟国が助けてくれるはずだった。産出したダイヤモンドを安く売るかわりに、軍事的な庇護を約束していたからだ。しかし、当時同盟国は他国との紛争の真っ最中であり、早急な援軍は望めなかった。
 そんなとき現れたのが、団長だった。


 団長は元々、流れの傭兵だった。隣国の軍に惨敗し減った兵力を補うために、当時の騎士団長――俺の父――に雇われたのだ。
 父は国境の砦を守る任に就いていた。ここが落とされれば国内が戦場になる。隣国の軍の侵入を阻む、最後の防衛線だった。
 息子の俺が言うのも何だが、父は非常に優れた将だった。でなければ、戦を知らない騎士団が侵略者相手にあそこまで持ちこたえられなかっただろう。もし、あのまま父が騎士団を指揮していたら、同盟軍が到着するまで持ちこたえることも可能だったかもしれない。
 しかし、志半ばで父は死んだ。戦場で敵の矢を受けて命を落としたのだ。
 将を失って、騎士団は混乱した。父ほどの力量を持つ者、騎士団長としての任を担える者がすぐに見つからなかったのだ。当時、父の副官を務めていた俺は、この一時だけでも父の跡を継いで騎士団を指揮しようと名乗り出たが、俺には父ほどの統率力はなく、年配の騎士には親の七光りのくせにと取り合ってくれない者もいた。攻め込んでくる侵略軍の前で右往左往し、果ては責任を押し付け合う始末。国境の砦の守護はもはや絶望的だった。
 そして、侵略軍が砦に攻め入ろうとした寸前のこと。機能しなくなった会議室に殴り込み、戦いもせず責任を押し付け合う騎士達を一人残らず締め上げたのが団長だった。団長は混乱する騎士団をまとめ上げ、隣国の軍を見事返り討ちにしたのだ。
 それだけではない。
「国王陛下。一時、私に騎士団の指揮を預からせていただけないでしょうか? 援軍が来るまで、必ずやリンドラーンを護り抜いて見せましょう」
 砦を守り抜いた功績を称えられ王城に招かれた団長は、国王陛下の前でそう宣言したのだ。
 本来なら、ただの雇われ傭兵である団長に指揮権を与えられるはずもない。しかし、一刻の猶予もないことも事実なのだ。国王陛下は団長の求めに応じて騎士団の指揮権を預け、砦を守った功績を称えて王国一の駿馬と特別にあつらえた馬具一式まで与えたのだった。
 そして宣言通り、団長が同盟軍が到着するまでリンドラーンを護りきったのは言うまでもない。


 戦争の終結後、団長はリンドラーンを護った戦士として盛大に迎えられ、その戦功を称えられた。それだけではない。国王陛下は団長に騎士の位を授け、正式に騎士団長へと任命したのだ。俺の父を始め、戦で多くの有能な騎士が亡くなったこと。なにより団長が団長足るに相応しい武勇と功績を持っていたためであった。
 しかし、それを快く思わない者がいた。なにしろ、団長はリンドラーン出身でも騎士であったわけでもない。元は素性も知れない傭兵だ。国を守った功績は認めても、騎士団長となることは受け入れられない。そういう者は少なからずいた。
 かくいう俺もその一人だった。


「つまり、素性も知れない怪しい輩を騎士団長となることは認められない。そういうことだな」
 団長就任が発表されて数日後、俺は元々父のものであった執務室を訪れた。正確には父のものではなく、騎士団長のための部屋であるのだから、団長が使って当然の場所である。しかし、少し前まで父が使っていた机を、他人が当然のように使っていることが少しばかり腹立たしかったのだ。リンドラーンで生まれ育ち、幼い頃から騎士団で働いてきた自分より、よそ者が評価されていることも気に喰わなかった。
 あの時の自分は、まるで聞き分けのない幼い子供のようだったと思う。
「ふむ。気持ちはわかるよ。得体のしれない人物に自分の命を預けたくはないだろうからな」
「なら我々の主張がもっともだと理解して頂けるでしょう。あなたの功績は確かに素晴らしいものです。あなたがいなければリンドラーンは隣国の支配を受けることになったでしょう。ですが、そのこととあなたが騎士団長に就任することは別です」
「そうは言われても国王命令だからな。私だってこうなるとは思ってもみなかったさ。だが、ああも熱心に頼まれては断るに断れない。・・・それに、私もこの国が気に入ったのでな。私の剣でこの国を守れるというのなら、喜んでこの剣を捧げようと思う」
「分かりました。言葉で分かって頂けないのなら、剣で勝負をつけましょう」
「おい、本気か?」
 剣を抜いた俺に対して、団長は少しばかり驚いた様子だった。しかし、すぐに俺が本気であることを察したのか、団長も立ち上がって剣を抜いた。
「俺が勝ったら騎士団長の任を辞退してもらいます」
「わかった。そうしよう。・・・では、私が勝ったら、君がこちらの要求を聞くということにしても構わないな?」
「・・・分かりました。約束しましょう」
 俺は自分の剣術に絶対の自信を持っていた。この剣の腕があったからこそ、父の副官に選ばれ、初めての戦場で生き残ったのだから。
 しかしながら、どうもあの時の俺は完全に頭に血が上っていて判断力を失っていたとしか言いようがない。でなければ、あんな無謀なことはしなかっただろう。
 団長が侵略者を退けたのは、軍の統率力に優れていたからだけではない。人並はずれた剣の腕を持っていたからでもあるのだから。


 結論から言えば、決闘は俺の惨敗だった。
「君は強いな。いい戦いだった」
 勝負がついた後、団長は息一つ乱していなかった。俺は全力で戦っていたのだが、団長は準備運動程度だっただろう。。いい戦いだったなどと言いつつも、決闘の直後とは思えない呑気さで剣を納め、嬉しそうにほほ笑む。剣を取られ無様に膝をついた俺は、余裕あるそのほほ笑みに屈辱を感じながらも、イカサマもズルもない正当な戦いで負けた以上なにも言う資格はなかった。
「無用な恐れによって勝機を逃すな。不要な慢心によって敗北を招くな」
 自分への怒りと羞恥で目を伏せたままだった俺に、団長は何気ない様子でそう言った。顔を上げると、団長はほほ笑み、瞳に回顧の念をにじませて俺を見下ろしていた。
「私の師匠がよく言っていた言葉だ。慎重さも過ぎれば臆病と変わらず、自信も過ぎれば己が身を滅ぼす。君は後者に近いようだ。私と同じだな」
「・・・何が言いたいんです?」
「少しばかり冷静になるだけで、君は段違いに強くなるだろうということだ」
 笑って団長は剣を収めた。
作品名:護国の騎士 作家名:紫苑