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(続)湯西川にて 6~10

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 (続)湯西川にて (10)クジラ料理のフルコース

 房総の捕鯨は6~8月に限定をされており、
年間26頭を上限に、沿岸漁のツチクジラが和田漁港に水揚げをされます
クジラ料理を伝える会の、のぼりが翻る「割烹かずさ」は、地元でも評判の通った寿司割烹のお店です。

 「予想以上に、高級そうなお店です。
 大丈夫なの?俊彦くん。私のために、破産なんかをしないでね」


 助手席から降りる俊彦の介助をしながら、清子が耳下でささやいています。

 「君は、わざわざ俺のために湯西川から、
 駆けつけて来てくれた、きわめて大切なお客さんだ。
 おろそかにしたら、岡本からもこっぴどく怒られる羽目になる。
 値段のことは気にするな。
 ここの大将は腕が良い。
 君もきっと、地元のクジラ料理に満足をしてくれると思う。
 さぁ行こう」


 右足を引きずりながら、俊彦が松葉杖で駐車場を跳ねていきます。
(そんなに意地をはらなくても、少しくらいなら私が
肩を貸してあげるのに・・・・)
清子が入口の格子戸を開けながら、小さな声で不平を漏らしています。


 引き戸の音を聞き付けて、店の奥からは、
紺絣(こんがすり)の着物を着た、若い女の子が飛んできました。


 「こんにちは。あらぁ~トシさん。ご機嫌よう。あら?
 とても綺麗なご婦人も、ご同伴でお見えです。
 はい、いらっしゃいませ。
 大将!。
 トシさんが、ようやく退院のご様子でお見えになりましたが、
 私よりも、はるかにお美しいご婦人を伴っての、ご来店になりました。
 悔しいので、奥のお座敷へ隠してしまいたいと思います!
 あ~あ、私ったら、また失恋をしちゃったわ。
 う~ん。ゆかり、つまんない!」


 「こらこら、ゆかり。まったくお前は・・・・
 悪いね、トシさん。相変らず口の悪い愛想の足りない娘のままで。
 カミさんに先立たれたまま、男一人で育てているもので、
 すっかりと年頃になったというのに、いつまで経っても、
 自由奔放な男の子のようで困っている。
 大丈夫かい、足のほうは。
 その様子では、まだ当分の間は仕事は無理かな。
 この際だ。そのまんまこの美人さんに看病をされて、ゆっくりと
 養生をするのも、またいいだろう」


 「大将まで、悪い冗談を・・・・
 この人は私の古い友人で、湯西川で働いている清子さんと言います。
 本日は、私の退院祝いを兼ねて、この人にクジラを
 ご馳走することになりました。
 すべてをおまかせしますので、適当によろしく」


 「あいよ。大船に乗ったつもりで任せてください。
 ドンと用意をしますので、しばしのお待ちを。
 お~い、ゆかり。
 いつまでもへそを曲げていないで、トシさんと美しいお姉さんに、
 お茶を出してやれ。仕事しろ、仕事。あっはっは」


 大将と入れ替わるように紺絣を着たゆかりが、
お茶を持ってやってきました。
丁寧にお茶を置いて立ち去ろうとしたゆかりを、『ちょっと』と言って
清子が笑顔で呼びとめます。


 「なかなかの着物の着こなしですが、
 すこしばかり、帯の辺りが緩んでいるようにも見えます。
 その様子では、時間と共に、だんだんと緩んで動き難くなってしまいます。
 ちょっとだけいいかしら。
 あなたの帯にお節介などをしても。
 殿方には目の毒になりますから、隣のお部屋へお邪魔をいたしましょう。
 さあさ、ほら。いらっしゃい」

 言われたままに、ゆかりが隣の座敷へあがります。
後に着いて部屋へ入った清子が、後ろ手でピタリと障子を
閉めきってしまいます。


 「基本的には、とても上手に着こなしていらっしゃいます。
 着物の着つけは自分で、できるのかしら。
 それとも、どなたかに着つけてもらっているの?」


 「母が早くに亡くなったもので、今きている着物はすべて母の形見です。
 着つけは、おばあちゃんに面倒を見てもらっています」


 「そうなの。
 今時の若い方が、よろこんで着物を着ているだけでも、私は嬉しい。
 じゃあ、せっかくですから、女の子ならだれでもできる
 『蝶結び』という可愛い帯の結び方などを教えましょう。
 帯の結び目が、背中で、お花が咲いたような形になりますので、
 見た目にもとても愛らしい結び方になります。
 帯の巻き方にも二通りがあります。
 右から左に巻きつけていく関東風と、左から右へ巻く関西風が有ります。
 これから教えるのは関東風です。
 簡単ですから、手順通りにひとつずつ、自分でやってみましょう」


 「ええっ」

 と、驚いていた顔をしたまま、かおりが座敷で立ちすくんでいます。
「慣れれば簡単です」といいながら、かおりの前に立った清子が、
緩みかけているかおりの帯を、あっという間に解いてしまいます。


「はい、じゃこれを手に持って頂戴ね」と、
ほどけた帯の端を、ゆかりの手元に託しています。



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