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私の彼はアイアンマン

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後輩の女の子、クラブ活動を終えて、家に帰ろうとしている下駄箱の俺の前に、突然現れて、こう言った。

「先輩っ!これ食べてください」

 そんなにモテるタイプでもない俺は、びっくりして、彼女を見た。ちょっと気になっていた彼女、同じ部活、2年生の子だ。

「え……いいの?」

 と、俺は戸惑い隠さず言って、彼女の差し出した物を受け取ろうとする。それは――

「これ、先輩の為にと思って……」

 彼女が差し出した物、それはアイアンマンのフィギュアであった。

「先輩……これ食べてください」

「え?」

 俺は、「え?」と言った。当然だろう。俺はアラレちゃんに出てくるなんでも食べててしまうキャラクター、ガッチャンでは無いのだ。

「いや……俺、食べれないよ」

 引き攣った顔でそう応えるのが精一杯だった。

「どうしてですか?……せっかく先輩の為に買ってきたのに……どうしてミサの気持ち、食べてくれないんですか?」

「いや……だってさ……」

「これがマーク42だからですか?他に好きなバージョンがあるとでも言うんですか?」

「いや……マーク42が、俺は一番好きだ」

「じゃあ、どうして……」

 ――どう説明すればいいのだ?どう説明すれば、彼女を傷つける事無く納得させる事ができるのだ。現に彼女の瞳には、今にもこぼれ落ちてしまいそうな涙のできかけが、表面張力限界で、潤潤と滞留している。

「先輩……言ってましたよね?アイアンマンが好きだって」

「……確かに言った……俺はアイアンマンが好きだ」

「じゃあどうして食べてくれないんですか?どうして大好きなアイアンマンを食べることを拒むんですか?ミサだからですか?これがミサからの贈り物だから食べれないって言うんですか?」

 よくドラマとか漫画である設定、上司による部下へのパワハラ定型文「俺の酒が飲めないってのかぁ?!」を遥かに凌駕したムチャぶり……「私のアイアンマンが食べれないって言うの?」……

「あの……一応確認しておくけど、それ、フィギュアだよね?」

「はい」

「あの……実は中身がチョコとか……」

「中身は合金です。そして、駆動箇所は36箇所以上あります」

 俺はだんだん怖くなってきた。

「あのさ……俺、状況がイマイチ飲み込めないんだけど……」

「状況が飲み込めない?それでもいいです……でも……これは飲み込んで頂けますよね?」

 彼女が腕を突っ張らんばかりに伸ばして、俺の目の前にフィギュアを突きつけた。

「いや……だからさ……そもそもなんで俺にアイアンマンのフィギュアを……」

 と、俺が言うと、彼女は、突然頬やら耳やらを赤ピンクに染め抜いて、伏し目がちに言った。

「私……先輩の事……前から……前から……好きだったんですぅー」

 彼女、後半は、振り絞るような声で言った――え?告白なの?これ?

 本来なら小躍りして喜ぶべきシチュエーションなのだが、何しろ目の前には、アイアンマンのフィギュアがあり、彼女の告白のアプローチは、それを俺に食べて欲しいという、支離滅裂なものなのである――とてもじゃないが、素直に喜べない。

「私だと思って、食べてください」

 そのセリフは本来ならば、とてもとても胸をキュンキュンさせるハズのセリフだったが……この状況下においてはそうはならなかった。
 なにしろ「私だと思って食べてくれ」と言われ、俺の前に差し出されえいる物が物である。質感、重量感ともに究極までリアリティーを追求したアーマースーツ部分、細部に至るまで原作に忠実に再現された、作りこまれたこだわりのフォルム、はっきりとロバート・ダウニーJrと認識できる面構え――仮にそれを彼女だと思い込めるほどの想像力が俺にあるとしても、いずれにしろそれを食べる事は絶対に不可能だ!

「ごめん……俺には食べる事が出来ないよ」

 俺は仕方なく断った。それ以外に一体どんな選択肢があるというのだ。

「そんなぁ……先輩の事好きだったのに……」

 ついに彼女の瞳から、満を持した涙がこぼれた。それは大粒だった。

「先輩……ひょっとして……私より他に……アイアンマンより他に……好きなフィギュアがあるんですか?」

 俺は苦悩した――アイアンマンは食べたくない。だが、この子とは付き合いたいのだ。俺は一体どう答えれば、最良の結果を得られるのだろうか?最良の結果、即ち、フィギュアを食べずに、彼女と恋人同士になるという結末。最悪の結果、彼女の告白を断る形になってしまい、そして何故か俺はアイアンマンのフィギュアに齧り付いている――という第三者には到底説明できないシュールな結末。

 悩み抜いた末、俺の出した結論はこうだ。

「そうなんだ……本当は俺、アイアンマンよりも、アイアンパトリオットの方が好きなんだ」

 苦肉の策だった。というよりも一か八かの賭けだった。

 彼女のリアクションは……

「そ、そうだったんですね先輩!じゃあ私、今度アイアンパトリオットを買ってきます!」

 クルリと背を向ける彼女、フワリとシャンプーの匂い。

「その時までに……考えておいてください。私の事……そしてフィギュアの事」

「ああ……」

「失礼します」

 元気よく彼女は走り去っていった。

 俺は、近いうちに……

 多分数日の後には……

 アイアンパトリオットに齧り付いているかもしれない……

作品名:私の彼はアイアンマン 作家名:或虎