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フィルムの無い映画達 ♯02

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はしゃぐな!



「はしゃぐな」

 喉元に突きつけられたナイフの冷たさ。、そして背後から男の声。

「少しでもはしゃいだら命はないものと思え」

「ちょ……どっから入って来たんだ?いやそれよりもどうして……」

 ナイフが皮膚を滑る感触。

「『はしゃぐな』と言っている……まだ死にたくは無いだろう?」

 男の声は迫真。

「わ、わかった……要求はなんだ?」

「金を出せ」

「金?店の売り上げはもう夜間金庫に持っていったしここにはもう金は……」

「はしゃぐな!」

「い、いや、はしゃいだつもりはないんんだけど……そのぉ、と、とにかくここには金はない」

「本当か?嘘をついてるんじゃないだろうな?もし俺に嘘をついたり、少しでもはしゃいだりしたら……殺すぞ」

「う、嘘じゃない!本当だー!」

「はしゃぐなと言ってるのが分からないのか?!」

 ナイフが皮膚を掠めた……生暖かい感覚が胸まで滴ってくる……きっとそれは血の流れ。

「安心しろ薄皮を切っただけだ。はしゃぐほどでもない……お前のサイフを出せ」

「サイフは……その椅子にかけているジャケットの中だ」

 男はナイフを固定したままゆっくりとジャケットのポケットからサイフを抜き出す。

「結婚しているのか?」

「ああ」

 常にサイフに入れて持ち歩いている、妻の写真を見られてしまったようだ。

「なぁ、頼むこんな事は止めてくれ!ナイフをどかしてくれ!もうすぐ子供が産まれるんだ……初めての子が……結婚して10年、不妊症と闘ってきた妻との間にやっとできた子なんだ。せめて子供の顔を一目見るまでは、こんなところで俺は死ぬわけにはいかないんだ……」

「なるほど」

 男の声のトーンが少し落ち着いた。

「はしゃぎたくなる気持ちも分からないでもない。金さえ奪えばもうお前に用はない……しかし当てがはずれたな、もっと大金を置いていると思ったのだが……ああそうだ。このクレジットカードの暗証番号は?」

「0613」

「覚えにくい番号だな」

「出産予定日だ。6月13日……あと10日後」

「……おいお前は間抜けか?子供が予定日に産まれなかったら、その番号意味無くなるゾ?……おっと、俺とした事が、ついはしゃぎすぎてしまったようだな。用が終わればすみやかに去る。これ即ち強盗の鉄則」

 そう言うと男は、ゆっくりとナイフを首から離して……

「いいか。俺がこの場を離れるまでけっしてはしゃぐなよ!分かったな?」

「分かった」

「本当だぞ!この期に及んではしゃいだりしてみろ。産まれてくる子供と会えなくなってしまうからな!分かったか?!」

「わ、分かった。絶対にはしゃいだりしない」

「よしっ。物分りがいいな。じゃあな」

 すっと男の圧力が消え失せ。

 バタン!

 激しくドアを閉めた音、男は出て行ったらしい。俺は、恐る恐る振り向いてドアを見る。

「フー助かった、、、」

 余りの出来事に、呆然としていると。

 prrrrr

 電話が鳴った――ん?妻からだ。出る。「もしもし」

「あなた、今どこ?」

「ああ、まだ会社だ」

 なんだか妻の声、様子がおかしい。

「何かあったのか?」

「ええ……驚かないで聞いてね……あのね…………今、産まれたの」

「え? 」

「予定日より10日早いんだけど突然産気づいちゃって……貴方、出産には立ち会いたいってあれほど言ってたのに……なにしろ突然だったものだから……ごめんね」

 いきなりすぎて実感が湧かない。

「もしもし?あなた聞いてる?」

「き、聞いてるさ……生まれたんだな……本当に生まれたんだな?俺たちの子が……」

「そうよ貴方」

 思えば辛く長い道のりだった――二人でいるだけで、息苦しくなってしまうほど思い詰めた時期もあった。行き詰まって代理出産を考えた事もあった。……でも「どうしても私の手で、あなたの子を産みたいの」と言って頑張ってくれた妻……不妊治療の辛い手術や、様々な薬を飲み続ける苦しみ、長年耐えてやっと……やっとこうして――あゝだめだ嬉しすぎるー!

 と大声を上げ跳びあがろうとした瞬間。

 ダンッ!

「え?」

 ドアに嵌めこまれた磨りガラスの向こうに人の影……そしてゆっくりと戸が少し開く。携帯から漏れ聞こえる声。

「もしもし?あなた……大丈夫?聞こえてる?……あなたのことだから、もっと大はしゃぎするかなって思ってたんだけど、意外に冷静なのね。嬉しくないの?」

 ドアから、ぬっと手が出てくる――そこにはしっかりとナイフが握られていて……


「ば、馬鹿言うな!嬉しいに決まってるじゃないか……ともかく無事でよかったよ。母子ともに……いや、俺ももう40だし、そうそうはしゃいでる場合じゃないなって。これからは父親としてどっしり構えて、家族を守っていかなきゃならないわけだし……だから……こんな……こんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」

「ちょっとお、死ぬだなんてなに物騒なこといっているのよ。あ、これから初めての授乳なの、いったん切るね」

「はい。ご連絡ありがとうございました」

 努めて冷静に電話をきった。

 ――授乳かぁ……見てみたいなー。俺の子供、まだ産まれて間もない赤ちゃんが、小さな口を必死に動かして、アイツのおっぱいに吸い付いているところ、想像するだけで……くー!萌え死にしちゃいそうだぁ!

 ――おっとやばい……思わずはしゃいでしまうところだった。

 ドアを見る――隙間は空いているが、先程まで、そこから覗いていたナイフを握った手は、もうない……あの男は、去ったのだろうか?

 ためしに小さくガッツポーズをしてみる――すると隙間からナイフを持った手が「ぬっ」と出てきた!

「あのぉ……もう決してはしゃぎませんから……その……あんまり長居していると誰か来るかもしれませんし帰られたほうが……」

 ダンッ!

 ナイフを持った手が、向こうの闇に引きずられるようにして消え去り、ドアが閉まった。

 ――帰ったか?

 すぐにでも病院に駆けつけたいのは山々だが、あの男がまだその辺にいたらと思うと、そうもできずに、俺は念のため10分ほどドアを見ていた。

 ――帰ったようだな。

 荷物をまとめドアを開けようとした途端。

 pirorirorirorin♪

 メールが来た。見知らぬ送り主からだった。

 メールを開く、件名は無い。本文を読むと、そこには……

「はしゃぐな はしゃげばかぞくをころす」

 と書かれていた。

 *****

 「これってお父さんの写真だよねー?」
 
 12歳になる息子が聞いてきた。

「そうよ。貴方が産まれる前にね、二人で旅行に行った時に、お母さんが撮ったの」

「ふーん」

 息子がまじまじと写真を見ている。長い睫毛をくゆらせて。

「お父さんじゃないみたい。だってほら、こんなにはしゃいじゃって……」