黒髪
明は帰る決心が変わりかけたが、娘の様に援助すると言った以前の言葉が気にかかっていた。ゆりは愛人ではない。すでに明の気持ちのなかでは娘に近い存在であった。明は半分半分の自分の気持ちを確かめた。
「君はだよ娘と思っているから、帰らせてくれないか」
「何も、何の担保もないのに、お金だけを・・・愛人契約だから頂いたのよ」
「娘が困っていれば、当たり前だよ。当たり前のことだよ」
「また嬉しすぎの言葉。いつもなんだもの」
「本当に好きだから、だから、解ってくれるかな」
「違う、違うよ。感情なんかいらないって、好きにならないでって・・」
ゆりの長い黒髪は輝いていた。1本の白髪も見えなかった。
「嬉しいよ。染めてくれたんだね。それだけでいいんだから」
明は携帯を受け取り、ドアノブに手をかけた。ゆっくりと回しドアを開けた。
小さな世界から大きな世界に出た感じがした。それは今の明には心地よいものであった。
ゆりは見送ってはくれず、ドアの外まで泣く声が聞こえていた。