凍てつく虚空
―――凍てつく虚空―――
登場人物
劇団『トワイライト』のメンバー
・猪井田姫世
・真壁冬香
・知尻マリア
・浦澤瞳
・不二見未里
・田子藍那
・霧綾美
・新馬理緒
・貴中怜
・鶴井舞
・鷹梨愛
・白岡光一・・・劇団のマネージャー
・
鷹見秋志郎・・・都内の大学に通う大学生
・
黒川影夫・・・日本を代表するミステリ作家
―――プロローグ―――
太陽は真っ赤だ。
その太陽が、山の向こうに消えていこうとしている。
でも不思議だ。
私にはこの色がどうも好きになれない。
血に染まったような、滴るような赤が。
物理学の世界では光の拡散って言葉で片付けられるのかもしれないけど、私にとってはそれ以上の意味がある。
気がつけば息が白い。
そう言えば来週にも寒冷前線が到着してここ一帯は大雪に見舞われるらしい。
ご苦労なことだ。
時間とともに太陽は山に姿を隠して行き、
時間とともに辺りの光量は減少していく。
あぁ
あのときと一緒だ。
そう、あの時と。
――――おじいちゃん?
頭をよぎる。
――――どうしたの、おじいちゃん?
あの日の記憶。
――――ねぇ、ねぇってば!
否応なしに
――――どうしたのおじいちゃん!?
どんなに忘れようとしても
――――おじいちゃん!
決して消えることはない
あれから一度たりとも、これが記憶の脳の外部に逃げ出すことはなかった。
寝ている時も食べている時も遊んでいる時も
いつもいつもそうだ。
忘れることはなかったし、忘れようと思ったこともない。
別に私は構わない。
これは贖罪だ。
自分のしたことは解ってるし、その大きさも解っている。
そして私がこれからすることも。
さてと。
すべての準備は終わった。
あとはここで計画的に事を進めるだけ。
もう一度、夕日に視線を送る。
陽はとうに異国の大地を照らしているころだろう。
私自身も輪郭が、ぼうっと浮き上がるだけだ。
さぁ始めよう。
私の一世一代晴れ舞台の開演ベルが聞こえるころだ。
* * *
第一章 猪井田姫世の視点
「今、僕らどこらへんにいるの?」
ハンドルを握っていた中年男性の声だった。彼の名前を『白岡光一(しらおか こういち)』と言った。
疲れているのか、ひどくか細い声だった。
それに応えたのは助手席に座っている女性だった。
長く漆を流したような黒髪を靡かせながら、運転席の男性の方を向く。
「はい? どうして私に聞くんですか?」
「だって君が地図を見てるだろ」
「解りませんよ。現在地なんて一時間以上前に見失いましたよ。白岡さんこそ居場所が解らないんですか?」
「いや、俺はてっきり猪井田君が地図を持ってるから・・・」
男性が猪井田と言った女性は『猪井田姫世(いいだ ひめよ)』と言い、彼女は大きくため息をつくと再び無駄に大きな地図に視線を落とした。
白岡も仕方なく正面のフロントガラスを直視する。
忙しなくワイパーが右へ左へと動き、絶えず白い塵を振り払っている。
何とかそれで視界を保ってはいるものの、たかが数mの視界、殆んど焼け石に水だった。
季節は真冬。
年を越して、世間であけましておめでとうございますの台詞をあまり聞かなくなるころだ。
そして場所は信州の山奥。
日本でも取り分け豪雪地帯として知られている場所で、しかも気象庁によると今年は気団の影響か何かで積雪量が例年の倍と来たものだ。
時分は夜。
少なくとも太陽が沈んでから四分の一日は経過していた。
これはそんな山道を駆ける一台のロケバス内での会話だった。
名もなき山道であり、当然の如く街灯はない。
光源となりえるものはヘッドライトのみ。
間断なく降りしきる雪しか目に入ってこないので、正しく「白い闇」と言う言葉がぴったりだった。
このロケバスの中には全部で12人の人間が乗っている。
今紹介した「白岡光一」、「猪井田姫世」を除けば残り10人が居る訳だ。
「ちょっと〜〜白岡さん、また道に迷ったの!?」
先ほどの会話に反応したのは、助手席のすぐ後ろの2人組の一人だった。
その座席に座っていたのは『浦澤瞳(うらさわ ひとみ)』と『不二見未里(ふじみ みさと)』の2人だった。そのうち今の辛辣な言葉を発した主は浦澤瞳のほうだった。
ショートカットを信条として、女性にも関わらず比較的ボーイッシュな雰囲気を醸し出しているのが彼女だった。
浦澤は相手の反応を待たない。
「ねぇ、私たちいつになったら東京に帰れるの?」
それに対して制止の声をかけたのは、すぐ隣に座っていた不二見未里だった。
「やめなよ、瞳。白岡さんだってわざとじゃないんだ」
シャープで凛々しい声色だった。
声色同様その容姿も鋭く、男性を思わせるものだった。しかし浦澤とは違い芯の強い寡黙な人間を思わせた。
この2人は共に25歳で同年齢と言うこともあり仲がよく、いつも2人で一緒にいた。
ロケバスの後方座席。
後ろから二列目の席を陣取っているのは『貴中怜(あてなか れい)』と『鶴井舞(つるい まい)』の2人だった。
周りの喧騒にはわれ関せずと言った感じで、貴中はヘッドフォンステレオを装着しており、絶えず風景に目をくれていた。
リズムに合わせて顔を微かに震わせているのを見ると、わざとこの俗世間から離脱しようとしているみたいだった。
一方の鶴井は鞄から単行本を取り出し、読みふけっていた。
鶴井も貴中同様、自分自身の方法で内側の世界に入り込むタイプなのかもしれない。
この2人も貴中18歳・鶴井19歳どほぼ同年代である。
貴中・鶴井の前の席に座っているのは『田子藍那(たご あいな)』と『霧綾美(きり あやみ)』だった。
この2人は言わば親友すら生ぬるい、『真友』とでも言うべきだろうか、とにかく瓜二つな二人組であった。
小柄ながらエネルギッシュ、無尽蔵なスタミナとただただ喧しい声量を兼ね備えた、良くも悪くもムードメーカーの2人だった。
年齢も同じで、今年で20歳。貴中や鶴井達よりも1つ年上なのであるにもかかわらず、並べたらまず間違いなく100人中100人が幼いと答えるであろう2人だった。
よくよくみると必要最低限のメイクと装飾品で済ませている。田子は目元のアイライン、霧は耳の薄い青のピアスがそれぞれ印象的だった。
「やばいよ綾美、このままだったら食料なくなっちゃうよ!」
「それ超やば〜〜〜い。そうしたら藍那、今のうちにお菓子蓄えておかなくちゃ!」
「「だよね〜〜〜!」」
誠にうるさかった。
それに怒涛の波状攻撃をかぶせた人間もいた。
「うっさ―――い! この状況できゃーきゃー騒ぐな2人とも!!」
更にその前方の席に座る『知尻マリア(ともじり まりあ)』だった。
彼女は言わば田子・霧と師弟関係にあり、今の会話から解るとおり知尻が2人の世話係と言うポジションだった。