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(続)湯西川にて 1~5

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(続)湯西川にて (5)いつかはクラウン

 「昔から出世の証として、
 『いつかはクラウン」と言う、キャッチコピーがあったが・・・・
 凄いねぇ。
 君の愛車が、いつの間にかクラウンになっていたとは。
 高給取りなんだだねぇ、平家の隠れ里で働らいている芸者さんは」


 「退院する貴方を、あまり揺らせては可哀そうだと言うことで、
 出発の前夜に、岡本さんが調達をしてきました。
 あなたたちの間には私が知らないうちに、なにやら、すこぶるの
 貸し借りの関係があるような、まるでそんな口ぶりでした。
 和田町のクジラ漁師の娘さんの秘密めいたお話と言い、
 なにやら、このまま、忙しい一週間になってしまいそうな
 気配がしていますねぇ」

 助手席のドアを開け、松葉杖の俊彦を介助しながら、
清子が耳元で、さらにささやきます。


 (ほうら、見送りの看護婦さんたちが、玄関前に
 整列などをしてくれました。
 いいのかしら、お別れだというのに、ぶっきらぼうな顔をしたままで。
 お別れの、名残を惜しむ看護婦さんなどが、実はあの中に
 潜んでいたりしませんか?。あなた・・・・)


 (君さえいれば、それだけで充分だ)と俊彦が、清子を見上げます。
(あら、そうなの・・・・ふうん)と、軽く聞き流した清子が
ポンと助手席のドアを閉めてから、くるりと回り込み
颯爽と運転席へ乗り込みます。
新車のクラウンは、発進時に軽くタイヤを鳴らすとくるりと進行方向を変え、
駐車場から、看護婦たちが並んでいる玄関前へと、
きわめて静かに滑るように進みます。
減速をしながら清子が、助手席の窓を半分ほど解放します。
俊彦が申し訳程度に手を振ると、看護婦たちも一斉に次々と頭を
下げていきます。


 「愛想が無い人だわねぇあなたも。まったく。
 投げキッスのひとつくらいしてあげても、私はやきもちなんか妬きません。
 3か月もお世話になった病院だもの、もうすこしは、愛想良くしなさいな。
 また何かの都合で、お世話になるかもしれません」


 「ご免だね、病院なんかもうまっぴらごめんだ。
 それよりも君とのドライブの方が楽しみで、もう朝から
 心はワクワクしていたさ。
 左手の山を越えていけば銚子は近いが、そのまま帰ったのでは
 申し訳がない。
 このまま南下して、最南端の野島崎を見に行こう。
 太平洋に沿ってそのまま海岸線を行けば、小一時間ほどで
 クジラの町・和田へ着く。
 そこを通過して、九十九里を見ながらさらに北上をすれば、
 俺の住まいのある銚子までは、4時間ほどのドライブが楽しめる。
 いいかい、そっちのドライブコースでも?」


 「私の役目は運転手ですから、あなたがそこへ行きたいというのであれば、
 黙って運転をしてあげるだけの話です。
 でもね、どうにも釈然としない疑問の数々が、いまだにあるのよ。
 私には」

 「釈然としない疑問の数々?、なんだいそれ」


 「まず第一に、あなたが、まったく縁もゆかりもない館山の病院なんかに
 入院していること自体がどう考えても不自然でしょう。
 第二には、距離にして4時間も北の方に住んでいるあなたが、なぜ、
 ここから小一時間の和田町に、一体何の用事が有って顔などを
 出していたわけ?
 第三に、妙に親しすぎるあのクジラ漁師のお嬢さんも、
 やっぱり気になるし、クラウンまで用意をしてくれた岡本さんの
 配慮ぶりにも、やっぱり不審が残るわ。
 ねぇ、たったの3ヶ月間に、いったい貴方には何の事件が有ったわけ?
 何が原因で、一体全体いったいこんな羽目になったわけ?」


 館山の市街地を、南へ進路をとり始めた清子がハンドルを握りながら、
不満をあらわにしつつしきりに小首をかしげています。
そんな矢継ぎ早の清子の質問を、軽く受け流しつつ俊彦は
ゆっくりと、煙草に火などをつけています。


 「あせるなよ。
 俺たちには、一週間という時間があるだろう。
 多くの謎も、やがてぼちぼちと解明されていくだろうし、
 クジラ漁師も、そのお嬢さんもいずれまた、ゆっくりとあらためて
 紹介をするから、現時点では、特に問題などは無いだろう・・・・
 が、俺がなぜ、館山の病院に入院する羽目になったのかは、
 この道路の先で、すぐにその答えが出てくる。
 この先でこの道路が、左に曲がって館山湾に沿いながら海岸線を行く道と
 館山丘陵と呼ばれている、坂道へと向かう直線道路に分かれる。
 まっすぐ行けば、丘陵地帯を抜けて野島崎の灯台までは
 一直線という道になる。
 進路はこのまま、まっすぐそこへ進んでくれ
 その道の坂道を上り切った場所に、第一の疑問の答えがある」


 前方に見えるのは、きわめてなだらかな起伏を見せる南房総の丘陵地です。
稜線の傾斜そのものがきわめて緩やかに見えるために、
高度をあまり感じさせませんが
その最高点は、海抜から100mほどに位置しています。
最初の坂の頂上付近まで登りつめた時、清子の右側には広大な広がりを持つ
紺碧の館山湾が、一望のもとに目の下に見下ろせるようになりました。


 (わあ・・・・ここからは見える海は、すこぶるの絶景だ。
 麓から見た感じよりも、実際に到達をしてみるとここは、
 遥かな高さをもっているのね。
 見降ろすためには、絶好といえるポイントのひとつだわね。)


 「ここだよ」

 俊彦の低い声に、清子の目線が、車の前方に引き戻されます。
一つ目の頂点を越えた道路が、さらなる前方に、房総の新しい景色を
見せはじめています。
左右に広がる、青い絨毯を敷き詰めたような畑の間をどこまでも、
ただ果たしなく延々と下り続けていくただまっすぐ伸びた一本道の下り坂が、そこには現れています


(6)へ、つづく