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(続)湯西川にて 1~5

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(続)湯西川にて (3)短い髪をかきあげて


 「あなたが、交通事故で入院をしたと言う話は、岡本さんから伺いました。
 3ヶ月くらいはかかるだろうから、急いで行っても意味がないので、
 できたら退院間際に、行ってくれと頼まれました。
 3か月も待ったのよ、3か月。
 あなたのことを心配しながらの3か月間は、長いったらありゃしない。
 置き屋のお母さんや伴久の若女将には、本当のことなど言えないし、
 我慢に我慢を重ねて耐えてきた、私の3か月なのよ。
 やっとの思いで病院を訪ねてくれば、甲斐がしく世話をやいているらしい、
 女の匂いが、あちこちにプンプンと漂っているんだだもの・・・・
 カチンとこないほうが、可笑しいと思います」


 逆光の館山の海を背景に、浴衣姿の清子が憤りを見せています。
切れ長の目を少し吊りあげ、かるく頬などを膨らませています。
形の良い唇をつぼめて見せ、あげくに小鼻へしわを寄せてから
顔をそむけてしまいます。
しかしそれとはまったく裏腹に、24歳の拗ねたその横顔にはそれ以上の
嬉しそうな色気などが、なぜかほのぼのと漂よっています。


 「頼みに行った岡本と、俺の身の周りを甲斐がしく世話をしてくれている、
 クジラの町の美人が、実は今回の一件の元凶だ。
 話せば長い話になるんだが、まあ・・・・
 一週間も有れば、それらもすべて説明することが出来るだろう。
 それはそうとして、頼むからもう少し近くに来いよ。
 懐かしいキンモクセイの香りが、ほのかにしているけど、
 何もしないから、ベッドに腰などをかけてくれると俺も嬉しい」


 「両足はまったく駄目でも、あなたのその手は元気でしょ?
 あんた、以外と手が早いし油断ができないもの。うふふふ。
 ・・・・そうね。あれから随分と経ったし、久し振りの再会だわ。
 成熟しきった女の香りは、きわめて妖艶だわよ。
 あなた。いつまで自制心で、我慢などが出来るかしら」


 すっきりと短く刈り上げてしまった髪の、白いうなじのあたりを
軽くかきあげながら、芸者の清子が窓際で笑っています。
芸者修業を始めたころの清子の髪は極めて長く、腰のあたりまで
すらりと伸ばしていました。
芸者と言われてよく思い浮かべるのが、京都の芸妓や舞妓などの姿ですが、
関東の芸者の姿は少しばかり趣が異なります。


 関東芸者の髪型の定番は、島田です。
丸みを出さずに、全体的にすっきりと粋な感じに髪を結いあげます。
簪や櫛なども半玉の頃と比べれば、シックなものを使いて、
経験を経てお姉さん芸者に成長すると、今度はつぶしの島田へ変わります。

 見習い中の芸者のことは、関東でも「半玉」と呼ばれています。
半玉の髪は、桃割れです。
明治以降の少女の髪型の定番として、長く定着をしてきた髪型です。
全体的に丸く可愛らしい雰囲気の結い方がその特徴で、凝った細工の季節の
花簪(はなかんざし)などをよく髪に挿します。


 昔は半玉のことを、赤衿と呼んだように「赤い半衿」は
新人としての決まり事です。
キャリアを積むと白い刺繍などがだんだんと増え、前から見ると白衿のように
見えるようになりますが、刺繍が入るのは前の見える部分だけに限られていて、背中側から見ると、内側は以前と同じ赤のままです。

 関西の芸妓は、帯は、お太鼓や角だしに結ぶことが多いなります。
しかし関東や東京の芸者は、柳結びが基本とされています。
女性の腰の上で、柳の枝のようにゆらゆらと揺れる風情の帯は常に艶っぽく、
かつ粋で上品である点が、東日本ではことさら好まれているようです。


 半玉は裾を引かず、帯も後見結びというのが一般的ですが、
華やかな姿と、お客様に喜んで頂けるようにということで、ごく一部では
だらりの帯を用いている花街などもあるようです。
半玉は、関西における舞妓のように、ぽっくり(おこぼ)などは履きません。
半玉、芸者ともに、履物は後丸の下駄に限られています。
台の塗りや鼻緒などに特に決まり事はなく、各人の好みで
選ばれていきます。


 「お茶でも、いれましょうね」


 俊彦の脇をするりとすり抜けて行った一瞬に、
清子が浴衣の襟を合わせます。
ふわりと動きはじめた病室の空気のなかに、懐かしい清子の
キンモクセイの香りがほのかに漂よいはじめます・・・・
経験をしたたかに積んだと思われる、白粉の甘い香りなども、
動き始めた清子と一緒になって、やがて俊彦の周囲へも
かすかに届いてきます。

 しかし清子は、常にしたたかです。
病室に入ってきて以来、一度として、俊彦の手が届く範囲などには
絶対に、立ち寄って来ません・・・・

 (こいつめ・・・・焦らすのが、また一段と上手くなったようだ。
 妖艶だが、同時に悪女の才能も持っている。
 ここまで来てくれたのは嬉しいが・・・・)

 背中を見せて、お茶のしたくなどをしている清子を見つめながら、
俊彦が、ひとつだけ、気づかれないようにそっとため息などを漏らしています。


(4)へつづく