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How to dissolve

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私は、夏が好きだ。
 どこに目をやっても、輪郭がはっきりしているから。雲の影、校舎の縁、水滴、何か物体を見つければ、必ずその輪郭は指でなぞれるほどにくっきりとしている。例えるならば、目の悪い人が眼鏡を掛けた瞬間。冬から夏に一瞬で飛ぶことができたなら、それほどの違いがあるだろう。
 彼女は、台風の如くやってきた。別に、雨の中やってきたわけではない。実に爽やかな夏風の中、赤い自転車に乗ってやってきた。彼女の自転車の輪郭が、いやに目に焼き付いたのを覚えている。
 私は、小さい頃と同じように、家の前の自動販売機の横に座り込んでいた。ここはいつも私の指定席だった。こいつを夏は日避けに、冬は風避けにして、ただぼうっとしているのだ。住宅地の中だからこいつに用を求めるのは近所の人ばかりで、私を不審者のように見る人は殆どいなかった。むしろ私にジュースを買ってくれる人さえいる。
 ある日、目の前に赤い自転車が止まった。見上げたところにいたのは、私と同じくらいの年齢の女の子。端正な顔立ち、色素の薄い背中まである髪。露出の多い服から伸びている四肢は、反射光を感じるほどに白かった。また、触れると崩れてしまいそうでもあった。
 彼女は自転車のスタンドを立てて、私に目をやることもなく自販機の前に立った。硬貨を入れて、取り出し口から出てきたものは炭酸水。私は小さい頃からこの自販機の隣にいたが、これを買っているのは裏のおじさんしか知らない。それもソーダ割用にだ。一度飲ませてもらったが、なんの味もしない。それならいいが、むしろ苦みさえ感じ、二度とこんなものは飲まないだろうと思ったのを覚えている。
 じっと彼女を見続ける私に、彼女は疑問符すら付けずに言った。
「何」
 私は答えなかった。答える義理はないと思った。私がふい、と視線を逸らすと、彼女は口を開いた。
「あんた、この家の人でしょ。あたし、これからここで泊まるから」
 私はあっけにとられて、また彼女の方を見ていた。透明な瓶の中に、透明な液体が輝いている。そこには、空気の、水の、瓶の、境界線が存在しないかのようだった。
「え……?」
「もう一回言わせたって変わらないわよ。あたしは、ここに泊めてもらうの。一週間」
 彼女の髪が太陽光を透かす。瓶の蓋を開けて、炭酸水を一気に飲み干した。気持ちよさそうに顔をしかめたが、次の瞬間にはまた私を睨み、仏頂面に戻っていた。
「早く、入れてよ」
「いや、でも、お母さんが……」
「何? おばさん出かけてるの?」
「そうじゃないけど……」
 彼女は結構大きく舌打ちし、瓶をゴミ箱に投げて吐き捨てるように言った。
「じゃあ、さっさとあげてよ。暑くて死にそうなんだから」
 私は言われるがままに、彼女を家に案内した。自転車を庭の隅に止めて玄関戸を開けると、彼女が息をついた。炎天下での自転車旅は、相当にきついのだろうが、私にはそれがどうしてか私への嫌味しか見えなかったのだ。私の、彼女に対する斜に構えたような態度が、彼女のすべてを屈折して映していたのだと思う。
作品名:How to dissolve 作家名:さと