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Today.

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どれほどの時間が経っただろうか。時計を見ても、今が昼なのか夜中なのかも分からない。カレンダーをちらりと見たが、今月に入ってからめくっていないことを思い出してため息をついた。
 もう少し。そう僕の直感が告げている。しかしそう感じ始めてから一週間は経っているはずだ。なのにどうしてこれ以上進まないんだ。僕の理論は間違っていないはず、回路だって何度も実験し直した。もうそろそろ、疑う場所の方が少なくなってきた。
「くそ! どこがいけないってんだ……」
 思わず目の前の機械を殴る。すると、背後から愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
「だから、無理だって言ってるじゃん。さっさと諦めなよ」
 僕がギロリと後ろを睨むと、黒ずくめの少年が腕を頭の後ろで組んで、ぽかりと宙に浮いていた。
「カガクシャくんがこれを完成させちゃわないように俺がここにいるんだからさ。俺がいるうちは絶対に完成しっこないんだよ、そんなもん」
 彼は再び高らかに笑った。僕を見る目は、この上なく楽しそうに歪んでいる。僕は腐っても科学者だ。だけれども、僕はこいつの存在を心の底から信じている。人外を、超能力を、この僕が目にできたのだ。姉の弟として、これ以上の幸せがあるだろうか。
「ほんのちょっとだけでいいから放っておいてくれたらいいだろ。神様ってやつはそんなに器が小さいのか?」
 僕は諦めて、奴と向き合う。そういえば喉が乾いていたような気がして、近くにあったペットボトルに口をつけた。生き返る、などとは思わない。今の僕にとってこの行為は、乾いた喉を潤すなんていう高尚なものではなく、代謝に支障のない程度の水分を脳内で計算した分だけ摂取することが目的だった。この生活が文化的と言えるのかは分からないが、僕のQOLは最高に高まっているはずだ。
「神様は『人間がこちらの業務を侵犯しないように』とだけおっしゃっているんだ。ここまで人間の暴挙に手出ししてないんだから、寛容と言ってほしいくらいだね」
「僕の研究がどうしてその規則にひっかかるのか、全く理解できないんだけどさ」
 床にあぐらをかいて座る僕を見下すように、同じくあぐらをかいて浮かぶ奴が饒舌に語り始めた。
「その辺は俺が適当に決めてんだけど、多分、お前の研究が進んだら、俺は『夢』を食えなくなるんだよ。これ、先週も話したんだけど、遂に狂ったかい? それはそれで俺としては好都合だけど」
「誰がここまできて発狂するかよ。人外の食糧確保の為に俺の『夢』は食われるのかい」
 目の前で少年――「貘」はひっくり返って僕を見据える。黒いパーカーを着て、非常に人間らしい格好をしているのだが、人間は宙ぶらりんにはなれない。
「残念だが、俺は起きて見る夢には興味がないんだ。あったとしても、カガクシャの夢は堅くて不味そうだ」
 いつものことだが、彼と喋っても話にならない。適当にあしらわれて、僕を絶対的な力でがんじがらめにする。諦めてはいないけれど、心のどこかで、この研究は完成しないんじゃないかと思い始めている。これこそが貘の思う壺なのかもしれないけれど。
「そういや、今日はあの子が来てくれる日じゃないの?」
 部屋の中を泳ぎ回る貘が、僕に問う。そうだ、今日は笹本さんが食べ物を持ってきてくれる日だ。……髭を剃らないと。
 僕は流し台で顔を洗った。
「風呂も入った方がいいんでないのー?」
「うるせえ」
 けらけらと笑う貘は憎たらしいが、同時に僕は高揚してもいるのだ。僕は姉と同じように、「ありえないこと」を目にしている。ただそれだけで、この堂々巡りも一種の快感を生み出し始める。異常が重なれば重なる程、僕は普通じゃなくなる。僕はもっと、石田彩香に近づける。
 そうは思っているのだが、いかんせん僕には時間が残されていない。僕の仮説が正しければ、時間は腐るほどあるはずだ。ただ、正しいと認められることなくこの研究が打ち切られるのが怖い。
「こんにちはー。瞭くん、起きてる?」
 髭を剃り終わった僕は、ドアの方へ目を向ける。そこには予想通り、笹本さんがいた。両手にスーパーの袋を提げている。
「こっちにいますよ。いつもありがとうございます」
 僕が彼女に見えるように移動してからお辞儀をすると、彼女の方もぺこりとした。
「私が食べ物持ってこなかったら、瞭くん飢え死にしそうじゃない。さすがにそれは彩香さんに顔向けできないよ」
 そう言って笹本さんは、荷物を冷蔵庫に放り込んでいく。その様子を、貘は空中に寝っ転がりながら見ていた。彼女には、こいつが見えていないらしい。
「しかし、遂に誰もいなくなっちゃったね。前に来たときまでは一人残ってたのに」
「心の狭い疫病神が居着いちゃったんですよ。そいつが居る限り、研究は終わらないらしい」
 僕があくびをしながら冗談めかして言うと、笹本さんはくすりと笑った。
「さすが彩香さん、意味不明なもの呼び寄せちゃうなんて」
 僕は浮かんでいる貘を見つめた。
「いや、俺のこと話さないでーとかないからね。カガクシャの譫言って言われておしまいってのは目に見えてるし」
 貘は少し退屈そうに笹本さんを見た。だったら、もうちょっと楽しくしてやろうか。僕らはだてに超常現象を見てきていない。
「笹本さん、ちなみにこれ冗談じゃないんですよ。今もそいつはこの辺に浮いてます」
 僕が宙を指さした先を、笹本さんの目が追った。しかし、やはり彼女には何も見えないようで、焦点が絶えず変わっている。彼女は、信じるだろうか。
「へえ、ほんとにいるんだ。……次は彩香さんのオルゴールを持ってこようかな。そしたら見えるかもしれない」
「それはあり得ますね」
 さも当たり前のように会話を続ける僕たちを、やっぱり少し驚いたように貘が見ていた。
「……この女、頭おかしいんじゃねえの?」
「うちの姉ちゃんは時間止められたからな。この研究にも姉ちゃんは絡んでるから、僕らにとっては何が起きても不思議じゃないんだ」
「むしろ、大歓迎って感じもするよ?」
 僕の調子に合わせて、笹本さんまでもが見えない貘に口を利く。
「……これでオッケーだった?」
「ナイスです、笹本さん」
 僕らが顔を合わせて笑うと、貘はいかにも不愉快そうな顔をした。
「こう、つけあがるから人間は嫌いなんだ」
 どうせ僕にしか聞こえないその言葉を、僕は積極的に無視した。
「僕の友達に、タイムパラドックスだかタイムマシンだかを研究してる変人がいるんですが、そいつにこのことを言ったら、『俺は天使に会ったことがある』とか言って隣の築山を指さしたんですよ。築山は苦笑いしてましたけどね。意外とよくあることなのかもしれません」
「築山くんってあの色の白い子だよね。それは信じられるかもしれない」
「前言撤回。お前ら頭おかしい」
 不機嫌を通り越して呆れている貘を横目に、僕は笹本さんと会話を続けた。その流れで、進捗状況を報告することになった。研究室の真ん中に居座る無愛想な機械を見て、笹本さんは声を漏らした。
「うわあ……全然わからない。電磁気は高校でもだめだったんだ、私」
「理論的にはもう成功してもおかしくないんです。なのに、被験者を連れてきた途端にうまくいかなくなる」
「彩香さんの所に持っていったら? そしたらいけるかも……」
作品名:Today. 作家名:さと