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D.o.A. ep.44~57

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スタート地点は、明らかにレオンハートに分があるのに、いつしか互角だった。
斬撃は深く鋭い。
獣の厚い皮膚はそこかしこ切り裂かれ、負けないくらい、否、少年の方が皮膚も薄い分、より深手だろう。
それでいて、交わるたびに剣撃は重くなっている。
散々思い知らせたはずだ。
具体的に何を見たのかは知るすべもないが、見せてやった後の酷い顔つきを見れば想像には難くなかった。
一時は、押せばそのままぽっきりと折れてしまいそうになっていたくせに。
―――今では、叩けば叩くほど強くなる刃金を相手にしている気さえする。

なぜ斃れないのか。
レオンハートは、もはやそのことが不思議で仕方がない。
ヒトの脆弱な生身の肉は、一度裂いただけで、立てなくなることを知っている。
それを鑑みれば、少年の肉体強度は驚嘆に値した。
しかし、それでも、もう幾度、その体を傷つけてやっただろう。
その意志の強さも、覚悟の程も、関係ない。
斃れざるを得ないほど傷ついていながら、なぜ斃れないのか?

反対に、レオンハートは、自分の命が残り少ないことをさとっていた。
ここで少年を殺しても、殺せなくても、一日を待たず消え去るだろう。
ゆえに命は惜しくなく、また今まで生きてきて、惜しいと感じたことさえなかった。
この世に呼ばれて、自分の生きている意味を見いだせなかった。
必要とされて召喚されたのに、その需要を満たすこともできず、挙句に災いを招いて、嘆きを与えただけだった。
今まで生きながらえたのは、死に方がわからなかったからだろう。
それほどにこの身は堅く、死を易々と受け入れないほど強靭だった。
できるかぎり人から遠ざかり、それでいてなお生命を奪う業に絶望して。
けれどやがて、レオンハートを形づくるための魔力の残高も、限界を訴えはじめて、そうして安堵した。
やっと消えることができる。
この無意味で無価値な生を、やっと終えられる。
そして、そんな時に、この少年と出くわして、戦慄した。
同質かつ、底知れぬ闇を抱えながら、なにくわぬ顔で生きている存在が、信じられなかった。
その生を閉ざし、災いを拡げぬことこそが、死にゆく自分に与えられた最後の役目なのだと信じた。
ゆえに、今まで放った一撃一撃、すべてが渾身だった。
文字通り命を削りながら、少年を討ち果たそうと、与えられたモノを酷使する。
酷使、と形容するほどに、レオンハートの体は限界だった。

『貴様は私になるのだ!無意味で、無価値な生だったと、いずれ悔いる。私の言葉をなぜ理解しない、なぜ斃れない!』

血反吐をはきながら、振りかぶった爪は―――銀に受け止められ、届かない。
そして、屈する弱気を微塵も感じさせぬ、低められた声が告げる。

「――――俺の未来は、俺が決める」

だから、お前の言ってることは正しくない。
子供のように頑なに言い張る彼の、淡い緑色に宿る強い光、―――それにほんの刹那、呑まれた。
動揺も困惑も捨て去った彼は、知る以上に、強かった。
絶望して、諦めから生まれた望みを、残った命で果たしたかった、黄金の獣より、わずかでも。
その隙が、致命的だった。
ズン、と、格別に重い衝撃が、胸に突き刺さる。
見ずともそれがなんなのかわかった。
同時に、均衡を保っていた勝敗の天秤が、大きく傾いたことを、認めがたくも理解した。
刃が引き抜かれ、血が噴き出す。
致命傷だが、レオンハートの強靭さは、その傷で斃れてしまうことを許さない。
戦いを続けるために、レオンハートは大きく後ろへ飛び退いた。
しかしながら、身体は動いても、すでに頭ではさとっていた。
自分は、この少年には勝てない、と。
この少年の膝を折ることはできない。おそらく、何度やっても。
少年の内に化け物が潜んでいるのではない。レオンハートにとって、この少年自身が、もはや不屈の怪物なのだ。
赤く濡れた刃が払われ、地に血液が飛び散る。

とどめを刺すために、ライルは正眼に構えた。
彼とて、肉体は疲労の限界を訴え続けているのを、無理を通して動かしている有様だった。
流れ出た血はおびただしく、気を抜けば目がかすみ意識が遠くなりそうだ。
しかし、ここまできて、負けられない。
自分には、まだ、やらなければならないことが山とうずたかく積もっているのだから。
奥歯を噛みしめ、柄を握る手に一層力をこめて、地を蹴った。
これで最後だと、その刃を振り下ろす直前。

「――――ソル……!!」

誰かの叫びが耳をつらぬく。
それが、ジャックだと気づいた時には、彼は黄金の巨躯に覆い被さり、それごと轟々と叩き落ちる滝つぼへと身を躍らせていた。


作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har