少年少女の×××
第壱話
高校二年の春には彼女にとってはとても憂鬱な学生生活がある。
彼女というのはごく普通の人間の女子高校生、水ヶ谷蓮のことである。
彼女は門の前に立ち、その光景をただ眺めていた。
門の中からは【人間以外の生徒もいるからだ。】
地球に一番繁栄した種族は人間だ、なんて言葉に確信を持つ者は彼女と同じ場所に立てばそんなもの粉々になり、何も言えなくなる。
人間以外にも繁栄した種族など多々いるのだから。
例えば、今すぐ説明出来るものならば空を飛ぶ人鳥類の背中に翼を生やす種族。正式名は蓮は知らない。
他には特別製のサングラスをかけた、髪の全てが蛇になっているメデューサの女子高校生、チカチカとまるでライトをつけたり消したりするように、自分を見せたり消したりしている透明人間等々、奇妙なものから幻想的なものまで多数揃っている。
数百年前に種族同士での抗争が絶えなかったらしい。
蓮にはここら辺の知識は高校一年で習った社会科の授業内容しかないが、さわりぐらいは一般常識として教育されている。
ある時、それぞれの種族の長が犠牲など出さずに共存する為の協定を結んだ。
協定内容は主に種族達が得意とする分野を他種族に提供することだ。
人間ならば社会発展や新しきものの発明などだ。
これに関しては人間にしか出来ない感性があるらしい。
他種族には【新しいものを生み出す】という感性が無いらしい。古き伝統を、技術を伝えていく。自らの特殊能力を生かす術を伝えていく。それが彼らの種族としての感性だ。
簡単に言えば料理の材料があるとする。他種族はそこに揃っている材料で出来るであろう料理しか作らない。
人間はそこに更に自分達で材料をプラスし、新たな創作をする。
特殊能力を持たない、他種族にとったら異質な種族である人間の優れたものがこれである。
そんな全種族が共存できるように創られたのが【學校】だ。
お互いの種族を理解し、協力することを学ぶ、それが學校だ。
だが、まだ十代そこそこ…人間は他種族に比べれば短命なので、人間でいう十代は他種族にとったら五十代かもしれないしもしかしたら百歳かもしれない。…そんな若者がいきなり多くの種族に混ざって共存することが果たして出来るのかというと、それは大半が失敗する。
保育園や幼稚園、小学校、中学校では触れ合える同士の種族と共学にしている。
人間基準ならば妖精や気の優しい種族とだ。
人間の子供と先ほど説明したメデューサの子供が共学だったしよう。
何の間違いがあって人間の子供に被害があるかもしれない。
それにメデューサの髪は人間の子供には刺激が強すぎる。
また、メデューサの子供も集団という形で固まる人間の子供にもしかしたら囲まれてしまうかもしれない。
そんな考えがどの種族にもあった。
高校一年ではそれ以外の種族との共学が出きるようにという普通授業以外にもカリキュラムが組まれていた。
そして、高校二年では分け隔てない、ほとんどの種族と共学となる。
それが學校のシステムだ。
そして、蓮はその高校二年になった。
そして、その初日から気がこれ以上ないくらいに落ちていた。
それは彼女は他の友達のように、怯えたりも期待もしていない。
ただ気が重かった。
彼女は昔から感覚がズレていた。
どうしようもなくズレていた。
「はーい、じゃあ三組の皆さん。次は三階を案内しまーす」
甲高い大人の女性の声が響くが本人は妖精のいわゆるフェアリーだ。体長が二十センチしかない。パタパタとかわいらしい透き通った羽からキラキラした光の粉を振り撒きながら生徒により、分かりやすく説明するために飛び回っていた。
生徒はそれぞれクラスで見つけた気の合う仲間と喋りながら歩いていた。蓮も数人の友人は出来たが、あまり人混みが好きでないので、集団よりも微妙に離れて歩いていた。
二年になると校舎が変わる。
だから、今みたいに一年の時のような校舎案内が行われるが、東京ドーム何個分だかわからないくらい広い敷地の校舎を一度案内されたくらいで構造を全て理解できるのなら苦労しない。と、蓮はつまらなさそうに集団についていく。
「うぎゅっ!」
何やら蛙でも潰したかのような声が聞こえた。振り返ればそこには倒れた人影がいた。起き上がれば可愛らしい顔立ちの童顔の女子生徒だ。
髪が蛇でなければ人間にしか見えない。
どうやら、床ですったのか赤く滲んだ膝を涙目で見つめている。前の集団は特に気づいていていないらしい。蓮はバックに予備の絆創膏があることを思い出し、それを取り出して差し出すと彼女は大きな瞳をさらに大きくした。どうやら驚いているらしい。
「あ、あり、ありが…」
と、彼女が絆創膏を受け取ろうとした瞬間、髪の蛇が蓮の手に噛みついた。
「痛っ!」
手には赤い小さな穴が二個空いている。その騒ぎに担任教師がやって来てしまった。パタパタと羽をぱたつかせながら。
「あらあら!どうしたの!?」
「わ、わわわたしの髪がここここの人に噛みついちゃって!」
殆ど何を言っているかわからないほどどもっている。だが、蓮は別のことを心配していた。
「あれ…毒ってありますか?」
怒鳴るでも恐怖するでもなく、ただそう尋ねた蓮に、彼女は逆に落ち着きを取り戻していった。
「ちょ、ちょっと痺れる…だけ」
「あーなら保健室はいいか。先生いいですよ」
案内を中止させてしまったことを申し訳なく思っているようだ。再度担任は蓮に保健室に行くか尋ねたが同じ答えを返した。担任はなんとか納得し、案内に戻った。
「あ、これ」
先程落とした絆創膏を差し出すと彼女は先程よりも驚いた顔をした。それに蓮は首をかしげた。
「こ…怖くないの?」
「何で?」
「今だって…私の蛇で噛まれて…」
「あー痛かったけど別に毒ないんならいいや」
至極どうでもいいように言った。
噛まれたにも関わらず、蓮はそれよりも噛まれた痺れた手を不思議そうに動かしていた。
「はい」
と、曖昧に出された彼女の手に蓮は絆創膏を置いた。はっと蓮が先に行ってしまったのに気づいて、慌てて追いかけた。
「あ、あなた人間さん?」
「そうだけど?」
「め、メデューサ怖くないの?」
確かに蓮はこれまでにメデューサ族には関わったことはない。
「まだ見た目が人間なだけ、親近感はあるんじゃない?」
「そ、そういうもの?」
「うちはそう考える」
「か、髪が蛇でも?」
「蛇でも」
まるで年下相手に答えるように分かりやすく答える。ふと、メデューサの彼女を見ると何だかきらきらと期待に満ちた瞳で見つめられていた。そのあまりにも純粋そうな視線に蓮はたじろいだ。
「私…アラートです!アラート・アディオスです!」
突然な自己紹介にしばらく黙ってしまったが、どうやらこのメデューサはかなり不器用らしい、と理解した。
「水ヶ谷蓮です」
少々片言風に言葉が出てきたが、自己紹介が返されたのが嬉しかったのか、アラートはぱぁあっと明るくなった。
校舎案内の後は生徒会による、新入生(高校二年だが學校では新入生として扱う)の歓迎会なるものがある。これにはさらに気落ちする蓮。歓迎会と言ったところで、内容は生徒達の拙い出し物や、吹奏楽部の演奏や生徒会や校長の長ったらしい話をしている姿しか頭に浮かばない。