寿司戦士 シャリダー01
第二話「握れシャリダー」
「じゃーくじゃくじゃくじゃく」
鰯の化け物――上半身は巨大な鰯、下半身は、人間。二本足で立っている。
「ご……ご隠居……こいつぁ一体?」
俺、正直チビリそうだ。
「イジクト……寿の字。こいつぁな。悪の秘密結社イジクトの手先、寿司怪人だ」
「寿司怪人?」
「じゃあああーーーーく」
小さな胸鰭をパタパタと開閉させている怪人、不釣り合いなほど屈強な足、黒いタイツに収まっている。靴は……何故かNIKEだ。
「江戸前田・エドモンド・馬絵太……見つけたゾ」
怪人が喋った……口をパクパクさせて。
俺は怪人が喋った事にも驚いたが、ご隠居のフルネームの方により大きな衝撃を受けた。
(江戸前田・エドモンド・馬絵太(えどまえだ・えどもんど・まえた)……ゴロ悪っ!っていうか……ご隠居、ハーフだったのか……)
「じゃーくじゃくじゃく、江戸前田、貴様の正体がシャリダーだって事は、とうにネタが上がってるんだゾ」
――ネタが上がっている……寿司ネタだけに?シャレなのだろうか?
「寿の字!下がっていろ」
ご隠居こと――江戸前田・エドモンド・馬絵太老は、俺の前に仁王立ちすると、やおら懐から何かを取り出した――それは……柳葉包丁だった!?
「ご隠居!駄目です。逃げましょう」
とても勝ち目はない。俺の目にはそう見えた。ご隠居は、こないだ米寿のお祝いをしたばかりの、腰の曲がった……エビ以上に鋭角に腰の曲がった老人なのだ。柳刃包丁一本持った所で、見れば見るほど気持ちの悪い、鰯の怪人に勝てるとは到底想えない……
「いいから寿の字、そこで見ておけ!儂のきっぷの良い戦いっぷりをな」
割腹!
「え?」
「ラッシャアアアーーーーーイ」
ご隠居は、柳葉包丁を逆手に握ると、おもむろに自らの肚に突き刺し、「ラッシャアアーイ」と絶叫した。
「ご、ご隠居ぉおおお?」
ご隠居、元々くの字の体を更に畳んでをくの字に曲げ、地面に伏す。
・ ・ ・
「……ご隠居?」
まさか……まさかまさかの敵前自殺?俺、呆れショック!
しかし……次の瞬間。
「なーに握りやしょうかぁぁあああ?」
ご隠居の体は厳かな光に包まれた。そして、光は何やら形を成していき、ご隠居の全身を覆い尽くす。俺、眩しくて目を塞ぐ。
光が収まる頃、俺、薄っすら目を開けると、そこには……
全身ラバーの割烹着みたいなコスチュームに身を包んだ。ご隠居の姿があった。顔の部分は、真っ白い仮面で覆われている。額には「江戸前」と勘亭流で書かれた文字。肩にはマント……というかどう見ても大漁旗……実際「大漁」と書いてある。
シュコー
ラバーコスチュームから白煙が上がっている。
「シャリダー・ゼロワン!ヘイ参上!お待ちっ!」
「でたなシャリダー!」
ご隠居扮するヒーロー?シャリダー01、それらしい決めポーズで、怪人と対峙している。
「この世に寿司のある限り、悪の栄えたためしなし!イジクトの怪人め、名を名乗れ!」
「じゃーくじゃくじゃく、俺の名は、寿司怪人鰯男」
――意外とそのまんまの名前だった。期待して損した。
「シャリダー!貴様を酢で締め殺してやる」
怪人、言い終わらぬ内に、口から液体を吐き出した。
「危ないっ!」
避けるシャリダー。地面に落ちた液体、庭の敷石を溶かした。くんくん……酢の匂いがする。
「じゃーくじゃくじゃく、よくぞ避けたな。だが、これは避けれるかな?」
怪人、高速回転し始めた。
「くらえー!腐汁スプラーッシュ」
鰯男の鰓から、ドス黒い液体が飛び散る。360全方位に向かって、俺の方にも飛んでくる。
「寿の字っ!」
シャリダーは、俺の前に立ちはだかり叫ぶ。
「酢バリアー」
シャリダーの全面に、液体状のシールドが現れた。
「説明しよう。酢には殺菌効果がある。いくら雑菌に塗れた腐汁だろうと、酢の殺菌効果の前には無力」
「やるなぁシャリダー」
「じゃあ、次はこうだぁ!」
鰯男、蹴ってきた。
「ぐはっ」
シャリダー蹴り飛ばされた。
「く……なんという脚力……」
俺、戸惑う――シャリダー……敵の必殺技を尽く跳ね除けておいて……キックでやられてしまうとは……
「じゃーーーくじゃくじゃく」
鰯男、嘲笑う。俺、気付いた――ひょっとしてコイツ、「鰯」の字のつくりが「弱」だから、さっきから「ジャクジャク」言ってンのか?
「寿ーー!」
シャリダーいや、ご隠居が俺を呼んでいる。
「ご隠居ーーー」
俺、駆け寄る。
「大丈夫っすか?」
ご隠居の変身が解けていく、ラバースーツ型割烹着は、光の粒子となって大気に霧散していく……
「儂は……もう戦えん……頼む!お前さん戦ってくれ」
「えへ?」
正直驚いた。
「嫌っす」
断ってみた。
「頼む」
お願いされた。
「無理っす」
正直に言った。
「お前さんなら出来る」
根拠のない事を言われた。
「寿の字、この……この柳刃を受け取ってくれ……これはシャリダー01に変身するための調理秘具『柳刃ブレード(りゅうじんぶれーど)』じゃ。こいつをお前さんの肚に突き立てて、『ラッシャイ』と叫ぶのじゃ」
「俺、そんなシュールな事出来ないっす」
「いや、お前さんなら出来る……頼む……儂の最後の願いじゃ……頼む」
「ご……ご隠居……」
怪人、迫ってくる。っというか、それなりに気を使って、俺達の会話が終るのを待っていてくれたようだ。
「容赦しないゾ!トドメだ」
結構待っていてくれた癖に……照れ隠しなのだろうか?怪人は「容赦しないゾ」とわざわざ断ってから、最後の攻撃に移る。
「ご隠居、俺、やるっす」
俺、ご隠居から柳葉包丁を受け取る。
「ありがとよ……寿の字……これで俺も安心してあの世に……ガクッ」
ご隠居は最後に『ガクッ』と言って、動かなくなってしまった。
「ご隠居ーーー!」
「じゃーくじゃくじゃく!喰らえー腐汁スプラーッシュ!」
鰯男、回転し始める。俺、もう迷わない。
割腹。
「う……」
死ぬほど痛い……血が飛び出る……甘く見ていた……変身の儀式だと思っていたが、この段階では、ただの「ジャパニーズハラキリ」だ。
俺、痛みに負けぬよう、大きな声で叫んだ!
「ラッシャアアアアアーーーーーイ」
俺の絶叫が町内に響く。そして俺、光に包まれる。
「ジャク?な……何ィィぃ?」
変身
俺の体、白いゴムスーツで包まれている。額には「寿」の文字、肩には大漁旗のマント、そして手には……べたべたと酢飯が付いている。
「新生!シャリダー01参上!お待たせいたしました……いや、違うな……なんて言ってたっけ……あ、思い出した。ヘイ参上!お待ちっ!」
「ジャーーク、今更変身した所でもう遅い」
作品名:寿司戦士 シャリダー01 作家名:或虎