ビッグミリオン
「……いや、そんなヤツいないよ。『鍵穴』は俺だけだ。あとな、条件ってのは」
黒服の耳元で何事かをささやく。
「承知しました」
無線機を取り出すとどこかに連絡を入れた。すぐに黒塗りのバンが通りから少し外れた所に到着し、中からバラバラと黒服たちが飛び出ると向かいのビルに走っていく。しばらくすると、顔に布を被せられた二人組が、もがきながらもバンに強制連行された。
「あれでよろしいですか?」
「ああ。新郎には言うなよ。まさかあいつらが生きているとはね。まあ、国外追放ぐらいで許してやってくれ。よおし、せっかくだから君たちもこれを持って撒いてくれよ、急いでるならな」
手元の花びらのたくさん入ったカゴを黒服に渡す。最初は困った顔をしていた彼らだったが、とにかく時間がないのか、もしくはやけになったのか、その毛むくじゃらの手で花をつかむと盛大に空に向かって撒きはじめた。
黒服の人たちと話していた春樹が、にこにこしながら俺に近づいて来た。
「これが終わったら俺は少しのあいだ日本を離れる。いいか、謙介くん。君はまだ表舞台に出なくてもいい。だが、万が一俺に何かあったら君に連絡が行くはずだ。その時は頼むぞ」
誰にも聞こえない様に俺の耳元でささやいた。花嫁は親戚たちに囲まれて、こちらには気づいていないようだ。
「でも、春樹さん」
「バカ。新婚ホヤホヤなのに、花嫁を心配させる気かよ。――あとは俺にまかせとけ」
「分かりました。ありがとうございます。必要ならいつでも飛んでいきますから」
春樹はウインクをひとつすると、手を振りながら奥さんの方へ笑顔で歩いていった。
ビッグミリオンチャレンジはこのように奇想天外な結末を迎えたが、俺は後悔していなかった。悲しい別れや苦しい選択ばかりだったけれど、色々な人に助けられ、あずさや素晴らしい仲間たちとこうして出会うことができた。身体を壊してうじうじと悩んでいた二年前に比べると、驚くほどに自分を成長させてくれたこのチャレンジに今は感謝している。
これからも先祖が託した『鍵穴』の血族には、ずっとこのような危険がつきまとうのだろう。だが、俺たちが存在しなければ、世界は権力者たちの実験場であり続けるのだ。
「もしもーし。謙介さん、何ぼーっとしてるのよ」
あずさが不思議な顔で俺の顔を下から覗きこんでいる。
「ごめん、考え事してた。よーし、みんなで写真とろうぜ!」
午後の日差しがステンドグラスを通り、仲間の笑顔の上にきらきらと多彩な彩りを持って降り注いでいる。今日出来上がった写真は、あの旅を思い出すと同時に、仲間たちの心に深く刻まれる素晴らしいものになるだろう。
「ほら、みんな笑って! チーズ!」
そう――これからもずっと、俺たちの旅は続いて行く。
What can you do to promote world peace? Go home and love your family.
(世界平和のためにできることですか? 家に帰って家族を愛してあげて下さい)
マザー・テレサ (一九一〇年 〜一九九七年)
(了)