屋上デイドリーム
無職な日々も2年目に突入。時間と金があるだけでは充実な生活というのは得られない事を知っているだろうか。
女でもいれば趣味なんていらないだろうなんて思っていたのだが、そんな俺にも趣味と言えるようなものが出来た。
それは(恐らく同じ趣味の人間は少ないだろう)「屋上巡り」だ。
屋上から見える景色はチッポケな自分を掻き消してくれる。
登山とはまた違った楽しみがあるのは、やはり屋上には屋上のセンチメンタリズムがあるからだろう。
俺みたいな女好きは同性から嫌われてばかりだが、こういう隠れた趣味だってある。
もちろん屋上で素敵な人と出会えたら、と思う事はあるがそんなことは今まで一度もない。
そんな期待はいつしか消え失せ、ハンターのような目つきで屋上に登れるタイプのマンションか、或いは不必要に飛び降り防止の措置がされていないマンションか、それらを見分ける方が楽しみになってきた。
今日はすでに目をつけていたマンションがあるので、そこに行ってみる。
エレベーターの無いタイプで8階建てという、珍しいマンションだ。高さはそれほど重要ではない。それに高いマンションほどお金がかかっていて、屋上には入れなかったりする。逆にエレベーターの無い古いマンションは屋上に登れる事が多い。
今日の獲物は立地も合わせてなかなかの風景が期待できそうだ。
俺は早速、マンションの住人を気取りながら、屋上のドアの前に辿り着いた。
鍵がかかっていて入れないという事はよくあるので、ここまで来ても安心はできない。
それにバカップルでも居ようものなら、それこそ気分はぶち壊しだ。
様々な条件を全てクリアしたものだけが辿り着ける、屋上ハンティングは厳しい世界なのだ。
錆び付いて固くなったドアのノブを回してみる。キィ…と金属特有の高い音がした。
「よし!」
思わず声が出た。最近は失敗続きだったからなぁ。
正面に佇んでいたのは、まだ高校生くらいの一人の少女であった。
少女はビックリした顔でこちらを見た。慌てて声をかける。
「あ、ごめん、このマンションの子だよね?」
言葉を間違えた。これじゃこっちが部外者じゃないか!
「いいえ、違います。すみません。部外者なのに入って。」
よかった。この子も部外者なのか。
「僕も部外者だから」
「なぁんだ」
三つ編みにメガネという大人しそうな服装の割にはハッキリとした物腰の女の子だった。名前を聞いたら、サチというらしい。
「今日は風が強くて気持ちいいですね。」
サチの方から会話の取っ掛かりを求めてきた。
「そうだね。」
こんなおっさん相手に物怖じもしないし、今時にしては珍しいな。
「どうしてここに来ようと思ったんですか?」
「どうしてって……いや、祝日はよく出歩くからね。」
「ごめんなさい。理由なんて聞いて。」
急に彼女が謝りだした。
「え、どうしたの?」
「……理屈っぽい自分が嫌いなんです。なのにどんどん理屈っぽくなっていって……子供の頃はこんなじゃ無かったのに……」
「俺で良かったら悩みに乗るよ。」
さり気なく言う。
「いえ、これはもうどうにもなりません」
「そんな事ないよ。海外とか行ったらもっとテキトーになるよ?タイとかベトナムなんて行ったら平気で30分も1時間も遅れて来るんだから。」
「そういうのとはちょっと違うかな…」
「そ、そうだね。ちょっと違うね」
否定されたけど、まだ食い下がってみる。
「あ、あとは子供とか産むとね。女性は急に強くなるよ。芥川龍之介の小説にもあるけど……」
「興味ありませんのでやめて下さい!」
キッパリと言われてしまった。彼女は慌てて弁解をする。
「あ、ご、ごめんなさい。いつも私こうで……友達いなくて……」
「いや、いいんだよ。俺も何で初対面の人に小説なんか薦めちゃってるんだろうね。ハハッ」
そうだった。年頃の女の子なのに一人で屋上に来るような子だもんな。ちょっとは変な所あるよな、と思った。
「私、どんなタイプの人とも接しようと思って、いつも頑張ってるんですけど」
「うんうん」
「男性はなぜかみんな話を中断してどこかに行ったり、変な事を言って去っていったりしてしまうんです。」
「ほ、ほう、あるある……ある、かな?」
「で、私は私で、変なのは私の方なのかなって思うんです。」
「あ、それはあるね!狂ってる人が真っ直ぐな人を見ると、狂ってるように見えるってやつね。もうどっちが狂ってるのか分からないから、魔女狩りみたいな歴史の怪事件みたいに全員まともなつもりで狂ってたなんて事があるわけだよね。」
「んん、そういうのとはちょっと違うんですけど……」
うん、これまで俺の意見は一度も賛同されてない。
「それより、気づいていますか?」
「へ?」
急に彼女が変な事を聞いてきた。
「気づいているって何に?」
彼女は少しもったい付けて言ってきた。
「この屋上にもう一人居ること。」
ゾクっとするような事を言わないで欲しい。
念のため、辺りを見回すが誰もいない。
「少なくとも私は居ると感じてますが、あなたはどう感じますか?」
なぜか意味深な言い方をするサチ。次の瞬間、
「ほら!」
と、視線を送るサチ。
彼女の視線の先に目をやると、別の女の子があちらを向いて立っていた。
屋上のドアの真上、ここからはそこそこ高低差があるので気づかなかった。
横の梯子を使って登ったのか。そういうのもあるよな、屋上って。
女性はサチの声でこちらに気づいたようで、高低差はあるものの、こちらの方に寄ってきた。
その女は16歳から18歳、サチと同じくらいの年齢だと思うが、サチよりは少し大人びていた。が、もちろん大人から見れば幼い部類に入る。
ベースは黒髪だが、淡いピンクがかった色を含んだ不思議な髪の色をしていた。
ワンピースの似合う、俺の理想像と言ってもいい、綺麗な女の子だった。
「君はこのマンションの子?」
思わず声をかけた。
無言で首をかしげる彼女。利発そうな顔立ちに全く似合わないので、頭の弱い子かと思った。
「なんだっけ。天使ちゃんとか不思議ちゃんとか言った……」
「そのようです。可愛い女の子ですね。」
思った事をつい言ってしまったが、サチが初めて賛同してくれた。
「私、この辺りで前にも見かけましたよ。その時はすぐ見失いましたが」
ふうん、じゃあこの子も屋上巡りの変な子か。と、自分を差し置いて思った。
すでに出会って2分は経つが、女の子は全く口を開く気配が無い。
屋上から乗り出したようにジッと地上の何かを観察している……やはり変な子だった。
そうしているうちに女の子が地上を指差して口を開いた。
「あのひとは何を探しているの?」
メロディのような美しい声で俺に問うてきた。その方向に目をやる。
歩いている人なので、屋上からでもよく分かった。
「コンビニの袋持ってブラついてるだけに見えるけど…」
俺は答える。
「いえ、確かに探してるようですよ。何でしょうね。」
サチが言う。
「そ、そうかなぁ……」
足取りがゆっくりなのでそう見えなくもない。
女の子はそれからも屋上から街を見下ろしている。
「あの人は何をしているの?」
女でもいれば趣味なんていらないだろうなんて思っていたのだが、そんな俺にも趣味と言えるようなものが出来た。
それは(恐らく同じ趣味の人間は少ないだろう)「屋上巡り」だ。
屋上から見える景色はチッポケな自分を掻き消してくれる。
登山とはまた違った楽しみがあるのは、やはり屋上には屋上のセンチメンタリズムがあるからだろう。
俺みたいな女好きは同性から嫌われてばかりだが、こういう隠れた趣味だってある。
もちろん屋上で素敵な人と出会えたら、と思う事はあるがそんなことは今まで一度もない。
そんな期待はいつしか消え失せ、ハンターのような目つきで屋上に登れるタイプのマンションか、或いは不必要に飛び降り防止の措置がされていないマンションか、それらを見分ける方が楽しみになってきた。
今日はすでに目をつけていたマンションがあるので、そこに行ってみる。
エレベーターの無いタイプで8階建てという、珍しいマンションだ。高さはそれほど重要ではない。それに高いマンションほどお金がかかっていて、屋上には入れなかったりする。逆にエレベーターの無い古いマンションは屋上に登れる事が多い。
今日の獲物は立地も合わせてなかなかの風景が期待できそうだ。
俺は早速、マンションの住人を気取りながら、屋上のドアの前に辿り着いた。
鍵がかかっていて入れないという事はよくあるので、ここまで来ても安心はできない。
それにバカップルでも居ようものなら、それこそ気分はぶち壊しだ。
様々な条件を全てクリアしたものだけが辿り着ける、屋上ハンティングは厳しい世界なのだ。
錆び付いて固くなったドアのノブを回してみる。キィ…と金属特有の高い音がした。
「よし!」
思わず声が出た。最近は失敗続きだったからなぁ。
正面に佇んでいたのは、まだ高校生くらいの一人の少女であった。
少女はビックリした顔でこちらを見た。慌てて声をかける。
「あ、ごめん、このマンションの子だよね?」
言葉を間違えた。これじゃこっちが部外者じゃないか!
「いいえ、違います。すみません。部外者なのに入って。」
よかった。この子も部外者なのか。
「僕も部外者だから」
「なぁんだ」
三つ編みにメガネという大人しそうな服装の割にはハッキリとした物腰の女の子だった。名前を聞いたら、サチというらしい。
「今日は風が強くて気持ちいいですね。」
サチの方から会話の取っ掛かりを求めてきた。
「そうだね。」
こんなおっさん相手に物怖じもしないし、今時にしては珍しいな。
「どうしてここに来ようと思ったんですか?」
「どうしてって……いや、祝日はよく出歩くからね。」
「ごめんなさい。理由なんて聞いて。」
急に彼女が謝りだした。
「え、どうしたの?」
「……理屈っぽい自分が嫌いなんです。なのにどんどん理屈っぽくなっていって……子供の頃はこんなじゃ無かったのに……」
「俺で良かったら悩みに乗るよ。」
さり気なく言う。
「いえ、これはもうどうにもなりません」
「そんな事ないよ。海外とか行ったらもっとテキトーになるよ?タイとかベトナムなんて行ったら平気で30分も1時間も遅れて来るんだから。」
「そういうのとはちょっと違うかな…」
「そ、そうだね。ちょっと違うね」
否定されたけど、まだ食い下がってみる。
「あ、あとは子供とか産むとね。女性は急に強くなるよ。芥川龍之介の小説にもあるけど……」
「興味ありませんのでやめて下さい!」
キッパリと言われてしまった。彼女は慌てて弁解をする。
「あ、ご、ごめんなさい。いつも私こうで……友達いなくて……」
「いや、いいんだよ。俺も何で初対面の人に小説なんか薦めちゃってるんだろうね。ハハッ」
そうだった。年頃の女の子なのに一人で屋上に来るような子だもんな。ちょっとは変な所あるよな、と思った。
「私、どんなタイプの人とも接しようと思って、いつも頑張ってるんですけど」
「うんうん」
「男性はなぜかみんな話を中断してどこかに行ったり、変な事を言って去っていったりしてしまうんです。」
「ほ、ほう、あるある……ある、かな?」
「で、私は私で、変なのは私の方なのかなって思うんです。」
「あ、それはあるね!狂ってる人が真っ直ぐな人を見ると、狂ってるように見えるってやつね。もうどっちが狂ってるのか分からないから、魔女狩りみたいな歴史の怪事件みたいに全員まともなつもりで狂ってたなんて事があるわけだよね。」
「んん、そういうのとはちょっと違うんですけど……」
うん、これまで俺の意見は一度も賛同されてない。
「それより、気づいていますか?」
「へ?」
急に彼女が変な事を聞いてきた。
「気づいているって何に?」
彼女は少しもったい付けて言ってきた。
「この屋上にもう一人居ること。」
ゾクっとするような事を言わないで欲しい。
念のため、辺りを見回すが誰もいない。
「少なくとも私は居ると感じてますが、あなたはどう感じますか?」
なぜか意味深な言い方をするサチ。次の瞬間、
「ほら!」
と、視線を送るサチ。
彼女の視線の先に目をやると、別の女の子があちらを向いて立っていた。
屋上のドアの真上、ここからはそこそこ高低差があるので気づかなかった。
横の梯子を使って登ったのか。そういうのもあるよな、屋上って。
女性はサチの声でこちらに気づいたようで、高低差はあるものの、こちらの方に寄ってきた。
その女は16歳から18歳、サチと同じくらいの年齢だと思うが、サチよりは少し大人びていた。が、もちろん大人から見れば幼い部類に入る。
ベースは黒髪だが、淡いピンクがかった色を含んだ不思議な髪の色をしていた。
ワンピースの似合う、俺の理想像と言ってもいい、綺麗な女の子だった。
「君はこのマンションの子?」
思わず声をかけた。
無言で首をかしげる彼女。利発そうな顔立ちに全く似合わないので、頭の弱い子かと思った。
「なんだっけ。天使ちゃんとか不思議ちゃんとか言った……」
「そのようです。可愛い女の子ですね。」
思った事をつい言ってしまったが、サチが初めて賛同してくれた。
「私、この辺りで前にも見かけましたよ。その時はすぐ見失いましたが」
ふうん、じゃあこの子も屋上巡りの変な子か。と、自分を差し置いて思った。
すでに出会って2分は経つが、女の子は全く口を開く気配が無い。
屋上から乗り出したようにジッと地上の何かを観察している……やはり変な子だった。
そうしているうちに女の子が地上を指差して口を開いた。
「あのひとは何を探しているの?」
メロディのような美しい声で俺に問うてきた。その方向に目をやる。
歩いている人なので、屋上からでもよく分かった。
「コンビニの袋持ってブラついてるだけに見えるけど…」
俺は答える。
「いえ、確かに探してるようですよ。何でしょうね。」
サチが言う。
「そ、そうかなぁ……」
足取りがゆっくりなのでそう見えなくもない。
女の子はそれからも屋上から街を見下ろしている。
「あの人は何をしているの?」