僕のチーズバーガー
それからというもの、俺は必死になって黒丸をはがそうとした。こいつがいては俺の人生は終わったままだ。だが何をどうしようともこいつは俺の左肩から離れてはくれない。黒丸を無視し続けようとしても、思わず反応してしまう事は多々あり、その度に俺は奇人扱いされた。この苦悩は誰にも分らない。思い人も友人も皆が俺を避けるようになった。俺の周りにはもう誰もいない。そんな俺の様子を見かねた母が、俺を精神科へ連れて行こうとしたので、俺は走って逃げた。違う、俺は正常なんだ。どこも悪くなんてない。ただ左肩に黒丸がいるだけなんだ! なぜ、なんで、分ってくれないんだ!!!
黒丸が現われてからというもの、どこに行っても俺は気狂いだ。なぜ見えない。なぜ聞こえない。黒丸は、確かにここにいるのに。
「アタイガミエルノハアンタダケ。アンタヲホントウニリカイデキルノモアタイダケ。アンタニハアタイシカイナインダヨ」
黒丸が耳元でそう囁く。その声が不思議に優しいものに思えた。
「ああ……。そう……だな……」
首を横に向け黒丸の顔をよく見る。大きな瞳。ヒヒのような鼻。生えそろった歯をもった大きな口。それらが妙に愛しく感じられる。
「黒丸……」
俺が瞳を伏せながら唇を近付けると、黒丸もそっと目を閉じた。ぬめぬめとして、それでいて粘着質で生暖かいものが、俺の唇にべちゃりとした感触を与える。
「チーズバーガー」
唇を離すと、黒丸がそう言うので、俺は近くのファストフード店へと向かった。
この店では以前恥ずかしい思いをしたが、そんな事はもう関係ない。俺には黒丸がいるし、それは何も奇妙な事でも何でもないのだから。
「チーズバーガーふたつ下さい」
「か、かしこまりました」
前と同じ店員が接客し、彼女は俺の事を覚えていたようだが、そんな事も気にならない。
渡された二つのチーズバーガーを席へと運び、包み紙をはがす。
「チーズバーガー!」
「待てよ、黒丸。慌てるなって」
そう言うと、俺はひとつのチーズバーガーを分解し、もう一つのチーズバーガーにパティとチーズを加えた。
「ほら、ダブルチーズバーガーだよ」
「ダブルチーズバーガー!!」
左肩にそれを捧げると、黒丸は嬉しそうにクチャクチャと頬張り始めた。俺も残った2枚のパンを口へと運ぶ。ああ、誰かと何かを分けるのは幸せだなぁ。
「うまいか?」
「ウマイーー! ウマイヨーー!!」
「ははっ、そうか」
俺にはもう周囲の声は聞こえない。
了