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フイルムのない映画達 ♯01

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めておなこいびと 前編



 軽度の〈突発性隕石落下症候群〉と診断された。別名を〈メテオストラクシンドローム〉という。

「軽度でまだ良かったじゃないか」

 一緒に検査を受けた同僚の村田が励ましてくれた。村田は検査結果が陰性だったので気楽なもんだ。

「そうだな・・・」

 しかし、この先の事を考ると不安でしょうがない。この病気に感染した者は、極度に感情が高ぶった時に、隕石を呼び寄せてしまうのである。

「お前の症状なんて、田中さんに比べればまったく可愛いもんだよ」

「田中さん?」

「知らない?営業2課の田中理恵って子。ちょっと美人で胸のふくよかな。ショートヘアーの」

「ああ、知ってるよ。あの子も俺と同じ症状なの?」

「同じなんてもんじゃないよ。こないだうちの得意先の三串商事で来季の契約内容について一悶着あったんだけど、その時彼女、先方の言い分の余りの理不尽さに憤慨して隕石呼び寄せちゃったらしいぜ。向うの係長の車、廃車だぜ」

「まさか・・・そんなにひどいのか?」

「らしいよ。お、噂をすれば・・・だな」

 見ると、今まさに話題に登っていた、かの田中理恵が沈痛な面持ちで歩いてくる。

「あのっ・・・田中さん?」

 俺は思わず声を掛けてしまった。隣で村田が目を剥いた。

「はい?田中ですけど・・・どちら様でしたっけ」

「営業宣伝部の田所といいます。その・・・実は今日、メテオの検査を受けたんだけど陽性だったんだ――俺」

「そう・・・」

 田中理恵は美人だった。俺には「ショートヘアーの似合う美人は相当の美人だ!」という周りの誰も納得してくれない持論があるのだが、それに照らせば田中理恵はかなりの美人といっていいだろう。
 憂いを含んだ表情がなんとも大人びていて・・・その・・・こういう事を言うと「このゲス野郎め」と軽蔑されそうだが、彼女のベットの上での表情を見てみたという気持ちでいっぱいだ――俺。

「もし良かったら、今度食事でもどう?いろいろと病気の事で相談に乗って貰えたら嬉しんだけど・・・」

 田中理恵は、「またか」とうんざりした表情を見せて、俺の誘いを丁重に断った。

「私には、関わらない方がいいと思う――私みたいな隕石女には・・・」

 そういって目を伏せると田中理恵は行ってしまった。

「お前すげぇーな!田中さん口説くなんて。怖くねぇのかよ」

「怖いって――どうして?」

・・・

 村田は俺の顔をしげしげと眺めて言った。

「あのなぁ、彼女の隕石落下率とんでもないんだぞ!お前もし彼女と付き合ったりしてみろ。記念日を忘れてたという理由だけで隕石もんだぜ!」

「まさかぁ」

 一笑する俺に笑顔を返すこと無く真顔のままの村田。

「そのまさかなんだよ。有名な話だぜ。前付き合ってた男が、付き合ってちょうど一年目の日に隕石落とされたって」

 俺は固唾を飲んだ――そんなにすごいのか・・・

「まぁ、とにかく彼女には近づくな!お前もメテオ持ちなのに、付き合ったってうまくいくわけ無いだろ?」

 そう吐き捨てて村田は、仕事に戻っていった。俺は彼女が別れ際に見せた、悲しげな瞼の瞬きを思い出し、どうにも胸の辺りがもやもやしてしょうがなかった。

(駄目だ・・・っもう俺好きになっちゃてるよ――彼女の事。まずい・・・まずいなぁ・・・)

 俺も仕事に戻る。しかし午後からは、上の空を見上げたまま過ごした。仕事が手に付かない・・・

 そうして一週間を過ごした。
 上空に彼女の笑顔がある――未だ見ぬ笑顔が・・・「ベットの上の表情が見たい」なぁんて一瞬思ったけど、彼女の笑顔はもっと見てみたいんだなぁ・・・

(きっと、とても眩しい笑顔なんじゃないかな?)

 俺は窓の外の上空に、点在する綿のような雲を、ジグソーパズルの一ピースに見立てて、つなぎ合わせたり反転させたりして、彼女の笑顔を完成させようとする――駄目だ。

「畜生!一体どうしたらいんだこの気持!」

 部署内に響き渡る俺の声――シーン・・・集中する視線。そしてワンテンポ遅れて轟音が鳴り響く。

どごーーん

 窓ガラスを突き破って侵入してきた隕石が、隣の同僚、山田のデスクを粉砕してしまった。

「ちょ・・・・ちょっとお・・・えー?」

 ざわざわ
 
 ざわざわ

「誰だよー!隕石呼んだ奴ー」

 再び視線が俺に集まる――この部所にいる隕石持ちは俺だけだ・・・

「田所かぁ?!ちょっとどうしてくれるんだよ?資料がいっぺんに吹き飛んじまったじゃないか!」

 怒り収まらぬ山田。
 そこへ、隕石落下症候群に対して理解の深い、安永係長が駆けつけて場を収集してくれた。

「あとは清掃員がやってくれるから心配するな。山田、資料提出の期限なら俺が何とする。皆仕事に戻れ」

 収束していくざわめきとは裏腹に、俺の鼓動が高鳴りを増していく。

「田所――お前初めてか?隕石呼んだの」

「・・・はい」

「そうか・・・まぁ、気にするな。隕石落下保険には入っているんだろ?」

 俺は無言で頷く。

「じゃあ大丈夫だ。保険で全て元通りになる――それより・・・何が原因なんだ?隕石の」

 俺は一瞬、田中理恵の顔を思い浮かべたが、係長に言いあぐねた。

「その・・・最近ちょっと実家でトラブルがありまして――その事で悩んでいたらつい」

 係長は眉間に深刻な皺を刻んで言った。

「そうか――とにかく今日は帰りなさい。明日は、午前中カウンセリングを受けて、仕事は午後からで構わないからな」

 そう言って俺の肩をポンポンしてデスクに戻った。

(このままでは俺――駄目になってしまう)

 俺は心に巣食う田中ウイルスをなんとかすべく、次の日、ある行動に出た。