星屑とジェノサイド・ハーツ 【第一章 ”夢見星”】
夥しいの量の血を流し、無数の骨を砕き、数え切れない程の者たちの命の緒を絶ってきたオーギャン族の次期当主として、私は今の世界に何を為すべきなのだろうか。そもそも、大きな痛みを伴って終結したはずの戦争の上にある今のこの世界に対して、「悪」たる私が何かを為すべきなのだろうか。
今日の昼間は王都正規兵団として南方の領土防衛戦線に出向いた。折り悪くも潜伏していた敵の奇襲部隊と市街地で交戦状態に突入し、そこで母親を探して泣き叫ぶ少女を見た。その場には似つかわしく無い硝煙の硫黄臭は嗅覚の全てを支配し、響き渡る怒声とも罵声とも付かぬ雄叫びと刃同士がこすれあう音は聴覚の全てを支配する。先ほどまで買い物帰りの親子や仕事帰りの炭鉱夫が歩いていた歩道は死屍累々とし、その少女が想像力を最大限に働かせて想定した地獄をやすやすと超える光景であったに違いない。おかあさん。おかあさん。少女の声は今になっても頭の中にこだましている。死んだ息子を抱えて悲痛な叫び声を上げながら泣いている女性もいた。その彼女も三秒後には流れ弾に当たって命を落とし、彼女の命を刈り取った銃の持ち主はその九秒後に榴弾が直撃して炸裂した。
「救ってやりたかった……。」
戦争は終わったはずだ。それなのに何故、私は未だ銃を携え、剣を構えて戦っている。どうして私の目の前で血を流した者が横たわり、涙を流した者が何かを訴えてくる。血という血で自らの血を汚してきたオーギャンである私には傷ついた者をどうにかしてやることは出来ないのだ。血塗られた光景は血塗られた筆では書き換えられないのだ。それでも私に何かできることは無いかと悩み、せめて私の目の前では血は流させないという一心で王都騎士団に所属することにした。力が足りないと感じれば来る日も来る日も鍛錬を続け、思う意志が弱いと感じれば瞑想を組んで自分を律してきた。しかし、罪なき世界という「的」を狙って放たれた無数の矢を私のこの二本の腕で捌ききるのはまだ不可能らしい。
「……諦めはしないぞ、私は。あの窓の外の星空を堂々と胸を張って戴ける日が来るまで、私は道を探して足掻き続ける。」
その時窓の外で一瞬煌いた流星の軌跡を睨み付けて、私は誓うように呟いた。
彼らは星に「幽玄な眼差しを向ける。」
ドワン(ディグ・ディンゴバッド)……彼らは星に「鉄の意志を示す。」
ドワン族の里では、夜空に浮かぶ星はこの世界に生きるそれぞれの人の意志の表れだと信じられている。それが明るく輝いていればいるほど、その意志は強いということになる。
「父ちゃん、はらへったー。」
この子はわしの子のロル。最近、家の裏の畑の獣害がひどいもんで、猪対策の仕掛け作りを娘に手伝ってもらった帰り道に一緒に夜空を見上げていた。今夜の空は暗黒を星の光が中和して、差し詰め家の裏でよく採れるアメジストのような色になっている。ロルにとってはそんな宝石色をした星空よりも家に帰ってからの夕食の方が気になるらしい。「星より団子」ってか。ロルには女の子らしく育ってもらわにゃならん。
「これ、ロル!女の子が『はら』なんつう汚い言葉を使うな!」
「もう帰ろうよー。」
「わかった、わかった。」と、ロルに袖を引っ張られながら歩みを進める。
二十年前の戦争で、わしは多くの同胞を失った。死んでいった同胞の屍の上で、わしは妻と娘と共に幸せを築こうとしている。ガキの頃からバカをやって笑いあった友もいた。些細なことでむきになって殴りあった友もいた。同時に別の女に振られて夜通し泣きあった友もいた。ことあるごとに酒を酌み交わして陽気な時間を過ごした友もいた。その友人たちも皆、戦争で死んだ。
「もう二十年も前の話だろ……。」
死んだあいつらの意志はあの星たちに託されたのだろうな。どれもバカみたいに輝いてやがる。それらのどの星も、十年前から変わらず光り輝いている。
「わしの意志は一体どの星に表れているんだろうな……。」
傍らでロルがわしを見上げているのが見える。本当にわしの子かと疑いたくなるぐらいにかわいい子だ。
「父ちゃんのは、あの一番きれいな星に決まってるじゃん!」
そういってロルは北極星を指差している。その顔には当然だといわんばかりの呆れたような表情と、そんなこともわからないのかと哀れんでいるような表情が入り混じって浮かんでいる。
「あれがわしの意志か……。」
ロルの屈託の無い笑顔を見ると気が楽になった。そうだ。わしはこれ以上何も失いたくないし、失わない。亡き友がその血で切り開いてくれたこの平和な世界で胸を張って生きていく。家に帰れば容姿も器量も申し分ないエリーがうまい夕食を作って待ってくれている。ロルを、エリーを、この里を、亡き友に誓って守る。
「父ちゃん!流れ星!」
彼らは星に「鉄の意志を示す。」
作品名:星屑とジェノサイド・ハーツ 【第一章 ”夢見星”】 作家名:伊達竜