星屑とジェノサイド・ハーツ 【第一章 ”夢見星”】
エイプス(ガトー・ラインハルト)……彼らは星に「時空を超えて思いを馳せる。」
あの星はオリオン座。その昔大暴れした凄腕で美男子の狩人があの星になったのだという。よくもまぁあんな風に綺麗に並んだもんだ。確かに星になってもイケメンだな。たしか、高慢ちきなその狩人を見かねた母親が蠍を使って彼を殺したのだと聞いたことがある。だから夏になって蠍座が現れるようになると、オリオン座は逃げていくように西の空に消えていってしまう。まぁ確かに、半端な脅しなんかよりはリアリティに欠ける分、蠍の方が怖いわな。そして、その蠍座は隣の射手座に心臓を狙われている……。
「星になってまで喧嘩するなよ……。」
悩み事があるときも無いときも、おれはたまにこうして夜中に裏山に来て星を眺めている。幼馴染のルナにはよく「怠け者だ」なんていわれるけど、自分でもそう思う。でもそんなことも風に吹かれながらこうやって夜空を見上げているとどうでもよくなってくる。なだらかな斜面に仰向けで寝そべって星を見上げれば、あの夜空に燦然と輝く星たちの仲間に自分もなっているように感じられる。青でも黒でもない夜色の空の満天の星に思いを巡らしていると悩み事も忘れることが出来る。
あの一際明るい星は北極星だな。となると、あれはおおぐま座だ。熊にしては尻尾が長いように感じるけど、それはその昔に森を歩き回る木に尻尾を掴まれてぶん投げられた時に、尻尾が伸びてしまったからだと聞いたことがある。
「木ってそんなに怖い生き物だっけ……。」と、帰り道の森の中は駆け抜けようと心に決める。
死んだ人は星になるのだそうだ。じいちゃんのじいちゃんも、そのまたじいちゃんもずっとずっと昔の祖先も皆、今頃はどの辺りで星になっているんだろうか。二十年前の戦争で死んだ父さんは、この国じゃ英雄として語り継がれているけど、今頃は星になってのびのびと暮らしているんだろう。
「羨ましいな……。」
星空に祈れば世界は手を繋ぎ会えるだろうか。にぎやかに光をそそぎ合うあの星たちがそう見えるように、世界が冗談を言い合って笑い合える時がくるのだろうか。戦争が終わって二十年経っても、未だにこの世界のどこかでは現在進行形で血と涙が流れているんだろう。そんな世界に「怠け者」の自分ひとりが何かできるんだろうか。
「……腹、減ったな。」
何百年、何千年も昔の人も、きっと今の俺と同じようにあの北極星を見上げていたんだろう。そして今、この世界には俺と同じようにあの北極星を眺めている人がきっとたくさんいる。あの北極星を媒介にして、「思い」は時も空間も超える。どこかの学者も真っ青だな。
「……流れ星だ。」
一瞬で、さればこそ鮮明なその軌跡をなぞれば、まだそこに流星があるかのように感じた。
彼らは星に「時空を超えて思いを馳せる。」
ネロ(ウートガルザ・ロキ)……彼らは星に「冥々たる終焉を問いかける」
終焉無き物等存在しない。人も獣も植物も生きとし生けるもの全ては死に絶えるように。水も土も大気すらもいずれは朽ちて果てるように。それは、エイプスもドワンもバディナもピピも、ネロもオーギャンもギルナも、主流種族(インサイダー)も異端種族(アウトサイダー)も皆同じ。これが「魔族」と呼ばれたネロの考えだと祖父が語っていた記憶がある。今の魔界が逼塞しているのは、そんなどん詰まりの思想にいつまでもこだわっているからなのではないかと思う。だから僕は一人で魔界を抜け出し、身分を隠して王都で暇つぶしに仕官している。そして、暇すら持て余してしまう夜長はこうして臨天塔(ザ・バベル)の屋根の上で星を見ている。
二十年前に戦争が終わったとき、ネロは世間との交わりを絶つことに決めた。「敗軍の将は黙して語らず」といった姿勢は好きだけど、戦場を経験した大人がしてくれる下界の話は面白く、次第に芽生えてきた僕の好奇心と冒険心はネロの掟に鬱憤を募らせ、僕自身を突き動かす原動力になった。
僕はエイプスが憎い。あいつらが戦勝地でどんなに凄惨なことをやったかを僕は知っている。祖父は永遠など妄言だと言っていたけど、この感情に終わりは無いように思える。たとえ今見ているあの星がいつか何万年後かに最期を迎えて滅びたとしても、僕がこの感情を抱きながら生きていたという事実は永遠に消えない。
……東の空に目も眩む様な明るさの一等星があることに気がついた。あれは確かシリウスという星だ。太陽を除く恒星の中で地球から見える最も明るい星だと聞いたことがある。南の空にはベテルギウスとリゲル、その西側にはアルデバランが煌々としている。故郷とは違ってこちらの夜空は賑やかで、まるで人も動物も入り混じった酒宴を開いているようにも見える。オリオンが酔っ払って酒瓶をひっくり返してしまい、足元のうさぎは迷惑そうな顔を無粋の狩人に向けながらそれを避けている。気が利く白鳥は優しい眼差しを向けてこれを片付けに駆けつけているが、それを見ていた双子の星は思わず顔を見合わせて吹き出してしまっている。
こんな星たちを見ていると少しだけ「友達」というものが羨ましく感じることがある。「友情」や「愛情」といった感情ほど、脆く儚く不安定な感情は無いなんてことは火を見るよりも明らかだ。それでも時々ほんの少しだけ、僕の「憎しみ」と同じぐらい強く、「友情」や「愛情」といった普通の感情を永遠に感じてみたいと思うことがある。
「本当に永遠なんて無いのかな?」
……その問いかけに応じたかのように、南の空で綺麗な何かが一閃したように見えた。
彼らは星に「冥々たる終焉を問いかける。」
オーギャン(トマ・ゼノン)……彼らは星に「幽玄たる眼差しを向ける」
なんでもない風にすら、草も花も木も戦(そよ)ぐ。だとすれば、この世の中の争いごとを無くすのは、この地球上を絶えず流動する大気の流れを食い止めるのと同じほどに無謀なことなのだろうか……。
地球上の全ての種族を巻き込んで広がった「星屑戦争」は二十年前に終結した。その当時の人々は、肌の色が違うだけで相手に対して不安を感じ、目の色が違うだけで対話をやめ、話す言葉が違うだけで理解することを諦めた。不安を感じた人々は相手と距離を置くようになり、対話をやめた人々は相手に無関心になり、理解することを諦めた人々は武器を取るようになった。私たちオーギャンは、その中の「理解することを諦めた」人々に当たる。「星屑戦争」のとき、オーギャンは異端種族の主力部隊として常に前線に立ち、大量の返り血を浴びながら世界のあり方を模索した。
窓の外には綺麗な星空が広がっているのが見える。
「……私にはあの星空を戴く権利は無いのだ。」
窓という絶対的な境界線で隔てられた室内は暖炉のやわらかな灯りだけがゆらゆらとしている。私にはこのような心地のいい空間に居る権利も無いのではないかとも考えたが、こんな考えばかりではガトーに悪いなと思い直す。
「……私は『悪』なのだ。」
あの星はオリオン座。その昔大暴れした凄腕で美男子の狩人があの星になったのだという。よくもまぁあんな風に綺麗に並んだもんだ。確かに星になってもイケメンだな。たしか、高慢ちきなその狩人を見かねた母親が蠍を使って彼を殺したのだと聞いたことがある。だから夏になって蠍座が現れるようになると、オリオン座は逃げていくように西の空に消えていってしまう。まぁ確かに、半端な脅しなんかよりはリアリティに欠ける分、蠍の方が怖いわな。そして、その蠍座は隣の射手座に心臓を狙われている……。
「星になってまで喧嘩するなよ……。」
悩み事があるときも無いときも、おれはたまにこうして夜中に裏山に来て星を眺めている。幼馴染のルナにはよく「怠け者だ」なんていわれるけど、自分でもそう思う。でもそんなことも風に吹かれながらこうやって夜空を見上げているとどうでもよくなってくる。なだらかな斜面に仰向けで寝そべって星を見上げれば、あの夜空に燦然と輝く星たちの仲間に自分もなっているように感じられる。青でも黒でもない夜色の空の満天の星に思いを巡らしていると悩み事も忘れることが出来る。
あの一際明るい星は北極星だな。となると、あれはおおぐま座だ。熊にしては尻尾が長いように感じるけど、それはその昔に森を歩き回る木に尻尾を掴まれてぶん投げられた時に、尻尾が伸びてしまったからだと聞いたことがある。
「木ってそんなに怖い生き物だっけ……。」と、帰り道の森の中は駆け抜けようと心に決める。
死んだ人は星になるのだそうだ。じいちゃんのじいちゃんも、そのまたじいちゃんもずっとずっと昔の祖先も皆、今頃はどの辺りで星になっているんだろうか。二十年前の戦争で死んだ父さんは、この国じゃ英雄として語り継がれているけど、今頃は星になってのびのびと暮らしているんだろう。
「羨ましいな……。」
星空に祈れば世界は手を繋ぎ会えるだろうか。にぎやかに光をそそぎ合うあの星たちがそう見えるように、世界が冗談を言い合って笑い合える時がくるのだろうか。戦争が終わって二十年経っても、未だにこの世界のどこかでは現在進行形で血と涙が流れているんだろう。そんな世界に「怠け者」の自分ひとりが何かできるんだろうか。
「……腹、減ったな。」
何百年、何千年も昔の人も、きっと今の俺と同じようにあの北極星を見上げていたんだろう。そして今、この世界には俺と同じようにあの北極星を眺めている人がきっとたくさんいる。あの北極星を媒介にして、「思い」は時も空間も超える。どこかの学者も真っ青だな。
「……流れ星だ。」
一瞬で、さればこそ鮮明なその軌跡をなぞれば、まだそこに流星があるかのように感じた。
彼らは星に「時空を超えて思いを馳せる。」
ネロ(ウートガルザ・ロキ)……彼らは星に「冥々たる終焉を問いかける」
終焉無き物等存在しない。人も獣も植物も生きとし生けるもの全ては死に絶えるように。水も土も大気すらもいずれは朽ちて果てるように。それは、エイプスもドワンもバディナもピピも、ネロもオーギャンもギルナも、主流種族(インサイダー)も異端種族(アウトサイダー)も皆同じ。これが「魔族」と呼ばれたネロの考えだと祖父が語っていた記憶がある。今の魔界が逼塞しているのは、そんなどん詰まりの思想にいつまでもこだわっているからなのではないかと思う。だから僕は一人で魔界を抜け出し、身分を隠して王都で暇つぶしに仕官している。そして、暇すら持て余してしまう夜長はこうして臨天塔(ザ・バベル)の屋根の上で星を見ている。
二十年前に戦争が終わったとき、ネロは世間との交わりを絶つことに決めた。「敗軍の将は黙して語らず」といった姿勢は好きだけど、戦場を経験した大人がしてくれる下界の話は面白く、次第に芽生えてきた僕の好奇心と冒険心はネロの掟に鬱憤を募らせ、僕自身を突き動かす原動力になった。
僕はエイプスが憎い。あいつらが戦勝地でどんなに凄惨なことをやったかを僕は知っている。祖父は永遠など妄言だと言っていたけど、この感情に終わりは無いように思える。たとえ今見ているあの星がいつか何万年後かに最期を迎えて滅びたとしても、僕がこの感情を抱きながら生きていたという事実は永遠に消えない。
……東の空に目も眩む様な明るさの一等星があることに気がついた。あれは確かシリウスという星だ。太陽を除く恒星の中で地球から見える最も明るい星だと聞いたことがある。南の空にはベテルギウスとリゲル、その西側にはアルデバランが煌々としている。故郷とは違ってこちらの夜空は賑やかで、まるで人も動物も入り混じった酒宴を開いているようにも見える。オリオンが酔っ払って酒瓶をひっくり返してしまい、足元のうさぎは迷惑そうな顔を無粋の狩人に向けながらそれを避けている。気が利く白鳥は優しい眼差しを向けてこれを片付けに駆けつけているが、それを見ていた双子の星は思わず顔を見合わせて吹き出してしまっている。
こんな星たちを見ていると少しだけ「友達」というものが羨ましく感じることがある。「友情」や「愛情」といった感情ほど、脆く儚く不安定な感情は無いなんてことは火を見るよりも明らかだ。それでも時々ほんの少しだけ、僕の「憎しみ」と同じぐらい強く、「友情」や「愛情」といった普通の感情を永遠に感じてみたいと思うことがある。
「本当に永遠なんて無いのかな?」
……その問いかけに応じたかのように、南の空で綺麗な何かが一閃したように見えた。
彼らは星に「冥々たる終焉を問いかける。」
オーギャン(トマ・ゼノン)……彼らは星に「幽玄たる眼差しを向ける」
なんでもない風にすら、草も花も木も戦(そよ)ぐ。だとすれば、この世の中の争いごとを無くすのは、この地球上を絶えず流動する大気の流れを食い止めるのと同じほどに無謀なことなのだろうか……。
地球上の全ての種族を巻き込んで広がった「星屑戦争」は二十年前に終結した。その当時の人々は、肌の色が違うだけで相手に対して不安を感じ、目の色が違うだけで対話をやめ、話す言葉が違うだけで理解することを諦めた。不安を感じた人々は相手と距離を置くようになり、対話をやめた人々は相手に無関心になり、理解することを諦めた人々は武器を取るようになった。私たちオーギャンは、その中の「理解することを諦めた」人々に当たる。「星屑戦争」のとき、オーギャンは異端種族の主力部隊として常に前線に立ち、大量の返り血を浴びながら世界のあり方を模索した。
窓の外には綺麗な星空が広がっているのが見える。
「……私にはあの星空を戴く権利は無いのだ。」
窓という絶対的な境界線で隔てられた室内は暖炉のやわらかな灯りだけがゆらゆらとしている。私にはこのような心地のいい空間に居る権利も無いのではないかとも考えたが、こんな考えばかりではガトーに悪いなと思い直す。
「……私は『悪』なのだ。」
作品名:星屑とジェノサイド・ハーツ 【第一章 ”夢見星”】 作家名:伊達竜