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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌【ラメント】~ Ⅳ

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 ユンがつまらなそうな顔で溜息をついた。
「私が九年前の火事の話をしたときのことを憶えているか?」
「はい。憶えております」
 ユンと初めて二人だけで過ごした日のことを忘れるはずもない。あの日、町へ出た時、両班の若者に絡まれていた明姫をユンが助けてくれた。あの後、二人でユンの隠れ家に行き、色々な話をし、彼の複雑で痛ましい生い立ちも知った。
 確かにあの時、九年前の火事の話が出たはずだ。
ユンが明姫から渋々手を放し、上半身を起こした。武芸はあまりたしなまない王だと聞いていたが、服を脱いだ彼の身体はほどよく引き締まっている。逞しいというほどではないかもしれないが、筋肉はそこそこついていた。
 ユンはしばし明姫を見つめ、胡座をかいた。お互いに何も身につけていないため、姿勢によっては酷く淫らに見えることもある。今もユンは生まれたままの姿で無防備に座っている。
 視線はどうしても彼の下半身にいってしまう。つい今し方まで、明姫を何度も刺し貫いていた彼自身は再び勢いを取り戻し、隆と屹立している。明姫は眼のやり場に困り、さりげなく彼から視線を逸らした。
 男性は女と異なり、そういうことに関して、あまり注意を払わないものらしい。明姫の動揺などまるで意識にない様子で、ユンは淡々と続けた。
「そなたが事件の首謀者は領議政だと言い切った時、何かが引っかかった。私がまだ何も言わないのに、そなたはあっさりと領議政の名前を出した。そのことと、後はまだある。そなたの今の年齢や火事のあった九年前ーつまり捕盗庁の長官と副官が亡くなった年と、そなたが両親を亡くした年が一致したからだ」
 ユンが静かな声で言った。
「どうにも割り切れなかったから、あの後で役所の火事の記録を調べたんだ。そうしたら、亡くなった副官の娘が当時、六歳であったこともすぐに判った。そなたは私と出逢った時、十五歳だった。火事の時、副官の幼かった娘だけが奇跡的に助かっている。その後の娘の消息がそこからふっつりと途絶えているのが気になったが、副官の娘が生きているのだとしたら、そなたの歳と一致する」
 ユンが小さく息を吐いた。
「その瞬間、私はそなたが行方不明になった副官の娘だと確信した。それから先は、思ったより簡単だったよ。姿を消した幼い娘は実は母方の実家に引き取られていた。そこで何度か何者かに生命を狙われかけて、娘はまだ逃げるように姿を消した」
 明姫は小さく首を振った。
「今でもまだ、あの夜の夢を見るのです」
 真っ赤に夜空を焦がしていた焔が魔物のようにぱっくりと口を開け、自分を飲み込もうとしている夢を。
「とうに記憶の底に沈んでいると思ったものがある時、突如としてぽっかりと顔を出すのです」
「可哀想に」
 ユンは再び褥に身体を横たえた。背後から抱き寄せられ、明姫も押し倒されるような形で横たわる。彼の腕が乳房のすぐ下に回されていた。
「お祖母さまの家も、そなたには安息の地とはなり得なかった。副官の奥方の実家は崔氏、崔尚宮の里でもある。そなたは身元がバレることを怖れて隠していたが、崔尚宮はそなたの実の伯母に当たるんだね」
「そこまでご存じだったのですね。では、お祖母さまに対面したときも、すべての事情をお知りになった上でここにお越しになったのですか?」
 当然ながら、ユンは頷いた。
 あの時、明姫は喋り過ぎたと一瞬ヒヤリとした。確か、彼女は二度、口を滑らせて領議政の名を持ち出してしまった。が、彼は最初は特に怪しんでいる様子はなかった。、流石に二度目は剣呑な様子で追及してきたのだ。
 だが、その後で彼はこうも言った。
―今日、そなたは私に言ったね。私の正体を暴くつもりはないって。ならば、私も同じ科白をそなたに言おう。
 それから、ユンがその件について触れることは一切なかったので、すっかり安心しきっていた。しかし、やはり、彼は感づいていたのだ。
 彼女がぼんやり考えている間に、ユンは明姫の身体を軽々と持ち上げた。まるで猫の子を扱うように難なくくるりと回すと腕の中に閉じ込める。こんなときは、服を着ていれば優男に見える彼がやはり一人前の男なのだと痛感させられる。
 今、明姫は向かい合うような体勢でユンの膝に乗せられていた。
「そなたには本当に申し訳ないことをした」
 明姫がその言葉に、顔を上げて彼を見た。
「私が何も知らないと思っているのか? 両親やすべてを失い母親の実家に身を寄せたそなたに刺客を送って殺そうした者―。それが誰であるか判らないわけがない。崔尚宮は可愛い姪を守るため、そなたを後宮に仕えさせることを決意したに違いない」
 明姫の背に回したユンの手に力が入った。
「済まない。領議政は臣下とはいえ、私の伯父だ。その伯父がそなたの大切な家族を奪った。私がそなたの素性を知っていると言えなかったのは、私が王であることもむろん関係している。ただ、それだけではない。そなたの大切なものを奪い尽くした領議政の甥であるという立場が心苦しくて言い出せなかった。そういう理由もあったんだ」
 ユンが堪りかねたように言う。
「私が謝ってどうにかなるものではないが、本当に済まないことをした。そなたの両親や弟、そして多くの使用人があの火事で生命を落とした。明姫、いつか、そなたと二人で明姫の両親の墓に参ろう。妻の両親であれば、私にとっても義理の父母になる人たちだ。せめて墓に詣でて詫びたい。私は義父上と義母上に約束するつもりだ。明姫を一生妻として大切にします、もう哀しませるようなことはけしてしないと誓うよ」
 済まない。ユンは繰り返し、頭を下げた。
「止めてください。国王さまがそのように何度も頭を下げてはいけません」
 瞳を潤ませて言う明姫に、ユンは微笑む。
「国王であろうと、自分が正しくないと自覚したときは潔く謝らねばならない。それは男としてというよりは人間として当たり前のことだ」
 この男は何というひとなのだろう。国王という至高の立場にありながら、自らの非を潔く認め、自分などのような者にも躊躇いなく頭を下げて謝罪する。
 もしかしたら、自分が愛した彼こそがこの国に光をもたらす聖君と呼ばれる人なのかもしれない。この時、明姫ははっきりと思った。
 この男の傍で、私はこれからの人生を生きてゆくのだ。ユンが国王であろうとなかろうと、そんなことはどうでも良い。ただ自分の心が求めるままに彼を愛する。彼が自分をただ一人の想い人だと言ってくれるように、私もまた彼を生涯の想い人と思い定めて彼に寄り添って歩いていこう。
 もう、二度と彼の傍を離れない。いや、たとえ離れたとしても、明姫は何度でも彼に恋をするだろう。何度生まれ変わり、どこで彼に巡り会っても、きっと彼に恋をする。そう確信できた。
 ユンとふと視線が合う。見惚れるほど艶然とした笑みを浮かべた彼の瞳に、欲望の焔が灯るのを明姫を見た。褥に再び押し倒され眼を閉じた明姫の上にユンの筋肉質の身体がのしかかってきた。
 静かな空間にあえかな声が響く。時を忘れて烈しく求め合う二人の身体を障子窓から差し込む夕陽が照らし蜜色に染めている。
 部屋の外では、桜草が傾き始めた春の陽の中で静かに花開いていた。