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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌【ラメント】~ Ⅳ

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自分の人生でありながら、自由には生きられない。けして思いどおりにはならない運命をユンは背負っていた。彼はまだ二十一歳なのに、あまりにも厳しい茨の道を歩んでいる。
「殿下は、後宮に入れることがそなたを苦しめることになるとご存じであった。お気持ちが真剣だからこそ、そのことを誰よりもよくお判りだったからこそ、ご決断できなかったのだ。殿下のそなたへの並々ならぬお心は、畏れ多いことながら、この私がよく存じておる」
 崔尚宮はしばらく明姫の背を撫でていたが、やがて立ち上がった。
「私は私なりの今の気持ちをそなたに伝えた。後は、そなた自身が自分でよく考え、応えを出すが良かろう。だが、私は、そなたに後になって後悔するような人生を歩んで欲しくはない。ご幼少の頃からお心淋しくいらせられた殿下にお幸せになって頂きたいのと同じくらい、そなたの幸せをも願っている。それだけは忘れないで欲しい」
 扉が静かに閉まった後、明姫はいつまでもその場に座り込んで宙を見据えていた。
―後になって後悔するような人生を歩んで欲しくはないと願っている。
 崔尚宮としてではなく、伯母として与えてくれた言葉が明姫の心を烈しく揺さぶっていた。
 ユンの幸せ、私の幸せ。いいえ、私の幸せなんて、この際、どうでも良い。私はユンに幸せになって欲しい。あの孤独で淋しがりやの彼を一人にしておくなんてできない。
 でも、国王としての彼についてゆくことはできそうにもない。第一、自分は何の後ろ盾も持たないし、ユンの妃になれたとしても、実家が彼の力になることはできないだろう。
 それに、これから彼は更に多くの側室を迎えるに違いない。権門の両班の娘との縁組みは王としての彼の将来に大いに役立つに違いない。また、一人でも多くの御子を儲けて王室の血筋を繋いでゆくのも国王の大切な仕事の一つだ。それはユンが望むと望まざるに拘わらず、国王としての彼の義務でもある。
 今後、ユンが新しい妃を迎え、その妃たちに優しく微笑みかけたり、寝所で情熱的に求めたりしているのを想像しただけで、胸が張り裂けそうだ。
 明姫は唇を噛みしめた。
 やはり、自分にはできない。彼の傍にいて、彼を支える役目は自分には荷が重すぎる。
 ひとすじの涙が明姫の白い頬を流れ落ちていった。

 別離という選択

 王は先刻から何度繰り返してきたか判らない科白をまた口にした。
「母上、明姫のどこが気に入らないと仰せなのですか? その理由を教えて下さい」
 だが、大妃は頑なに唇を引き結び、王の方を見ようともしない。王はひそかに溜息をついた。
 この日の朝、王―ユンは大妃殿を訪ねた。国王が母を訪ねてくることなど、極めて珍しい。最初に王の訪問を尚宮から告げられた時、とても嬉しそうに見えた。実際、彼が明姫を側室として迎えるという話を切り出すまでは終始、機嫌が良かったのだ。
「母上」
 更に呼びかけると、大妃があからさまに吐息をついた。
 やれやれ、溜息をつきたいのは、こちらなのに。ユンは内心、辟易としながら、それでも態度だけは丁重に言う。ここで気難しい母を怒らせてつむじを曲げられては困るのだ。
「殿下は私の申し上げたいことがまだお判りにならないようですね」
 黙りを決め込んでいた大妃がやっと口をきいたので、ユンはホッとして頷いた。
「申し訳ございませんが、私には皆目見当もつきません」
「理由はただ一つ、殿下の御子を生むのはペク氏の娘でなければならないのです」
 大妃はひと息に言い切ると、王の顔を真正面から見据えた。
「中殿はまだ若い。これからまだまだ子が生まれる可能性はありますよ」
 そのひと言に、大妃は舌打ちした。
「殿下は私が何も知らないとお思いですか?」
「何のことでしょう? 私は別にお叱りを受けるようなことは致しておらぬと存じますが」
「この際ですゆえ、はきと申し上げまする。殿下と中殿が有り体に申せば、褥を共にせぬようになって、何年になりますか? ただ一人の妻とは別居同然の状態、更に折角、側室を迎えても、いまだにこちらにも一度のお渡りもないときては、御子など生まれるはずもありませんでしょう」
 ユンもまた大妃の視線をしっかりと受け止めて応えた。
「それなら私もはっきりと申し上げますが、私は惚れてもいない女を抱きたいとは思いません」
 大妃が呆れたようにユンを見た。
「私は殿下をそのように愚かにお育てした憶えはありませんよ。あれほどの大罪を犯した娘をお咎めなしというだけでも正気の沙汰とは思えませんのに、更に側室に迎えるなどと、到底認められるはずもありません。殿下があの娘によほどのご執心とは判りますが、母としては真に情けないことです」
「大罪というほどのことではないではありませんか。たかが花のことです。それに、あれは何も明姫がやったわけではないでしょう。あれだけ大輪の花であれば、花自身の重さに負けて花冠が落ちてしまうことも十分あり得る」
「とにかく、このお話は何度繰り返しても、同じことです。私はあの娘を殿下の側室と認める気は毛頭ありません」
「何故ですか! 明姫の実家は確かに権門ではないが、それでも、れっきとした両班の娘です。家柄に不足はないはず」
 あくまでも食い下がる息子に、大妃は冷たい一瞥をくれた。
「何度同じことを申し上げたら良いのです。あの娘はペク氏の一族ではありません。それがすべての理由です」
「―判りました」
 ユンは低い声で言った。
「母上があくまでも反対なさるというのなら、私は私で自分の意思を貫きます」
「殿下―」
 大妃が驚愕も露わにユンを見た。
「一体、何をなさるおつもりです?」
 ユンは母を無表情に見つめた。
「明姫を側室として迎えます」
「この母の申すことに逆らうおつもりか?」
「私はこの国の王だ。たとえ母上といえども、私の意思に異を唱えることはできないのでは?」
 母と息子の間で見えない火花が散る。
 烈しいまなざしとまなざしが一瞬、絡み合い離れた。
「情けなや。一国の王がそこまで、あのようなつまらぬ小娘に籠絡されておしまいになるとは。殿下がどうしても母の言葉に従って下さらないというのなら、私にも考えがあります」
 ユンは燃えるような眼で大妃を見た。
「それで、どうなさるのですか。また、あのときのように明姫をも殺すのですか?」
「何を仰せられているのやら」
 厚化粧をした面でも、大妃が蒼白になるのが判った。ユンの整った顔に拭いがたい翳りが差す。
「できれば、こんな話はしたくなかった。ですが、母上、忘れたとは言わせない。母上が孔淑媛(コンスクウォン)を殺したのではありませんか」
「偽りを申すでない。孔淑媛は自ら生命を絶ったのです。それは、殿下ご自身もよくご存じのはず」
「確かに、彼(か)の御方は自害された。しかしながら、彼女を追いつめたのは母上ではないのですか? とことんまで追いつめて、しかも淑媛が懐妊した身と知りながら、鞭打つという酷い所業をなさった。彼女の流産の原因が母上の度を過ぎた体罰のせいではないと誰が言えましょう」
「よくもこの母にそのようなことが仰せになれるものです。確かに、あなたは国王ですが、私はその王を生んだ母ですよ。その母に逆らうというのですか?」