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何でも、あなたに恋をする~後宮悲歌【ラメント】Ⅳ

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 思えば、実の母が身近にいながら、ユンは母を失った明姫よりもはるかに孤独で淋しかったのかもしれない。明姫にはまだしも伯母がいてくれた。だが、ユンには誰もいなかったのだ。
 桜草の咲き乱れる殿舎に住んでいたお妃は、世子が懐きすぎたという理由で大妃の嫉妬と怒りを買い、憎まれた。ユンはその出来事を王から聞いた話として明姫に話したけれど、あれはユン自身の体験談だった。
 実の母から与えられなかった愛情をユンは別の女性に求めたのだ。ユンがその女性を慕ったため、彼女は大妃からいじめ抜かれ、やがて自ら生命を絶つという哀しい末路を辿った。
 自分が一途に慕ったお妃が実の母に殺されたも同然だと知った時、ユンは何を思い考えたのだろうか。小さな胸を痛めたに違いない。優しい彼のことだから、泣いただろう。
 まだ幼い王子が一人、誰もいないあの殿舎で泣いている姿が見えるようだ。
 王たる者は孤独だと聞いたことがある。どんなに大勢のお付きの者に囲まれていても、常に玉座に一人で座っていなければならない。ユンは幼いときには母の愛を欲しても与えられず、長じては王として常に孤独であらねばならなかった。
 王として生まれて、幸せだと思ったことがかつて一度でも彼にあったのだろうか。そして、そんな彼の悲哀と孤独を心から理解している人が、この宮殿には一人でもいるのだろうか。
 これからもずっと彼はたった一人で生きてゆかなければならない。そんな彼のことを考えると、あれほど手酷く騙されたというのに、何故か心が痛む。
 一体、自分はどれだけお人好しで、どれだけ彼を愛しているのだろう。いまだに彼を嫌いになれないとは。
 明姫が想いに沈んでいると、崔尚宮が静かに言った。
「あの服(チマチヨゴリ)をそなたに賜ったのは殿下なのだ」
 伯母の腕の中で明姫は弾かれたように面を上げた。
「伯母上さまはご存じだったのですか?」
 崔尚宮がそっと頷いた。
 何ということだろう。伯母は知っていたのだ。あの華やかなチマチョゴリの贈り主が国王イ・ユンであることも何もかもを。
「何故、教えて下さらなかったのですか? 私だけが何も知らずにいたのですね」
 この場合、咎めるような声になってしまうのは致し方ない。
 崔尚宮は哀しげに微笑んだ。
「殿下のお気持ちを察して差し上げて。そなたを大切に思うからこそ、真実をどうしても伝えられないのだと仰せだった」
「私にはユンの気持ちが判りません。ユンは私に言いました。私だけを生涯かけて愛し抜くと。でも、現実は違った。ユンには中殿さまがいらっしゃるし、私の出る幕はないんです。私は後宮でたくさんのユンのお妃方と寵愛を争うのはいや。その他大勢もいやなのです」
「そなたの言い分にも確かに一理はある」
 崔尚宮はひっそりと笑った。
「女としては、いつも自分だけを見て欲しい、愛されたいと願うのは当然のことだ」
 伯母らしからぬ発言に、明姫は眼を見開く。と、崔尚宮は肩をすくめた。
「何を愕くことがある。私だって、これでも女なのだぞ? かつて若かりし頃は男前の内官とひそかに恋を語らっていた時期もある」
「伯母上さまが? 信じられません」
 愕きも露わに言い返すと、〝失礼な〟と伯母がまた笑った。
「だが、明姫。今のそなたの物言いは己れの立場しか見えてはおらぬ。仮にそなたが殿下のお立場であったとしたら、そのように割り切った物言いはできぬはず」
 明姫はハッとした。昼間のユンの言葉が甦る。
―私は国と民の父なのだ。たとえ不甲斐なき王だとしても、私はこの国と民を棄てることはできない。
「良いか、よく聞くのだ。明姫。殿下がこの国の王でおわす限り、今の宿命から殿下は逃れることはできない。殿下が中殿さまをお迎えになられたのはご即位されて半年後、まだほんの子どもにすぎない砌の政略結婚だったのだぞ。そなたと出逢うはるか前のことを今更、どうすることもできないのは、そなたも判るであろう。殿下に限らず、王とは一生、孤独だ。先代の王さまもまたそれ以前の歴代の王さま方もそうであった。殊に聖君と崇められる優れた王ほど、より孤独な道を歩まねばならない。その殿下のお寂しさを理解してさしあげられるのは、そなたしかおらぬと私は思っている」