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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌【ラメント】~ Ⅲ

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 女主人が女主人なら、女中も女中だ。これは帰り際に女中頭を呼んで厳しく注意しておかなければと要注意事項に付け加えておく。
 明姫はそっと傍らのユンを窺った。彼は背筋を伸ばし端然と座っている。その澄ました横顔からは、何を考えているのか判らないが、こんな悲惨な有様の家内を見て何も感じないはずがない。さぞや不調法な一族だと思われているのだろうと考えただけで、顔から火が出そうに恥ずかしい。
「なるほど、確かに明姫のお祖母さまは、なかなかの倹約家でいらっしゃるようだね」
 唐突にユンが沈黙を破ったので、明姫は横目でにらみ付けた。
「吝嗇で物の道理もわきまえない礼儀知らず―。そう言いたければ言っても構わないのよ」
 その剣幕に、ユンは眉をつり上げる。
「おいおい、いきなり喧嘩越しにならないでくれよ」
 その時、回廊でコホンと小さな咳払いが聞こえ、両開きの扉が開いた。
 二人はまたも顔を見合わせ、口をつぐむ。
「まあまあ、執事がお客さまがいらっしゃるとは伝えなかったものだから、とんだ失礼を」
 その場にはいささかそぐわない華やいだ声が響き渡った。祖母クヒャンの登場である。
 その祖母の言葉で、明姫はすべてを理解した。恐らく来客用の部屋はもう少し金をかけた内装にしているに違いない、と。少なくとも脚の取れた文机や枯れた花はないはずだ。孫娘だから、内輪だし取り繕っても仕方ないということで、私室の方に通したのだろう。
 ユンがやおら立ち上がった。両手を組み、高く持ち上げ、また座って手をつかえて深々と頭を垂れる。目上の人に対する最上級の礼を表す拝礼(クンジヨル)である。
 ユンが拝礼をする側で、明姫も合わせて女性式の拝礼を行った。
 クヒャンは拝礼する二人を満足げに眺めている。ひととおりの挨拶が終わると、祖母は明るい声音で切り出した。
「明姫、随分と長い間、顔を見せてくれなかったのね」
「ご無沙汰して、申し訳ありません。なかなか休暇が取れなかったものですから」
 明姫はこの祖母が幼い頃から苦手だ。やたら派手好きで、自分の身を飾ることしか頭にないような人である。祖父は思慮深く、学識家であった。崔氏は代々、中級官吏どまりの家柄ではあるが、祖父は学問を良くし、何事にも造詣が深かった。
 何故、祖父のような人が派手好きの祖母を娶ったのかは疑問だが、祖父が元気なときは夫婦仲はけして悪くはなく、むしろ似合いの二人に見えた。対照的な二人だったから、かえってうまくいったのかもしれない。
「そうなの? だから、宮廷女官なんて止めなさいと止めたのに、あなたは私の言うことなどきかなくて」
 祖母の果てしないお喋りが始まりそうだったので、明姫は慌てて言った。
「お祖母さま、こちらは友人の李ユンさまです」
 いざ紹介する段となって、何と言えば良いか判らず〝友人〟と言ってしまったのだが、この説明は大いにユンのお気に召さなかったようである。
 明姫は所在なげに前に置かれた茶を手に取った。祖母が来る前、若い女中が運んできたのだ。その十八ほどの娘はユンを見ると、見る間に細い眼を一杯に見開いた。
 小卓に乗せて運んできた茶を出すことも忘れ、いっとき、彼の綺麗な顔に見惚れていた。女に熱い視線を向けられているのには慣れているのか、ユンは女中に愛想の良い微笑みを返している。女中は元からの赤ら顔を更に上気させ、それこそ酒に酔っぱらったような体で、危うく部屋から出るときには脚を滑らせて転ぶところであった―。
 明姫は何となくそれが面白くなく、知らん顔で見ないふりをしていたが。
 それはともかく、ユンは明姫を意味ありげに見つめ、素知らぬ顔で祖母に言った。
「お初にお目にかかります。私はこちらの明姫さんの許婚者です」
 茶をひとくち呑んだ明姫は思わず生温く殆ど出ていない薄い茶にむせた。
「何を言うかと思えば、出任せを―」
「そなたは黙っていなさい」
 が、ユンはさりげなく明姫を遮り、魅惑的な笑みを祖母に振りまいている。