サホとアキラとチェゲバラ
でも彼からは梨のつぶてで、思いあまったサホはコンビニに乗り込みました。早朝の慌ただしいときだったけど、そんなことを考える余裕がありません。お店に入ったとき彼は商品の入れ替えをしていて「いらっしゃいませ」といいました。サホがツカツカと近づいても作業の手を止めようとせず振り向こうともしない。サホは腕組みしていったわ。
「サホよ、メール見たでしょ。」
聞こえないかのように黙って作業する背中を見ていると、悔しいというか、惨めというか、情けなくて涙声になっちゃった。
「サホよ、分かってるでしょ・・何かいったらどう?」
「なんで返事くれないの?」
サホを無視して逃げるように立ち去ろうとしたんです。そのとき、サホの感情が爆発しました。愛憎や未練や屈辱がない交ぜになった気持ち、胸ぐらをつかんで叫んでいました。
「サホよ!サホだよ!顔を見て!」、
「逃げるの!顔を見られないの!どうして!」
「変態野郎!散々虐めて!」
「何かいったらどう!何かいってよ!」
胸を叩きながら哀願するように泣き叫んでいました。苦しそうな、辛そうな、何かに必死で耐えているアキラ。
店長が飛んできて泣き叫ぶサホをスタッフルームに閉じ込めました。髪を振り乱し床を叩いて泣き喚くと、涙が涸れるというか、憤怒が尽きるというか、心のモヤモヤが一掃されたようでスッキリしました。
ヒクヒクしゃくり上げるサホに店長がアキラと話すよう勧めてくれたけど、涙を拭いながら「もうイイです」と立ち上がりました。
「ご迷惑おかけしました。スミマセン。バイトは辞めさせてもらいます。」
店を出ると冬の朝もやが低く垂れ込め、夜露に濡れた駐車場が黒く光っています。ガキたちがたむろしていたのか、派手なアダルト雑誌とビールの空き缶が散らかっていました。要するに・・とサホは思いました。
アキラはHだけだった。これまでの男もアレコレいいながらサホの身体が目当てだった。再び怒りがこみ上げてきて、罵りながら空き缶を踏みつけました。
「男って奴は!クソッ!」グシャ!
あっけなくひしゃげるアルミ缶。サホと交わった男の数だけ空き缶を踏みつけました。
「どいつもこいつも、男って奴は!」グシャ!グシャ!グシャ!グシャ!
潰れたカエルのような空き缶にペッ!唾を吐き捨てると男への幻想が吹っ切れたようで、それからデリヘルに登録したのです。
でも、この間アキラからメールが届いて揺れています。
真っ青な空とビルの画像に次のように書かれていたのです。
「サホをもてあそんだようで申し訳ない。・・日本を出て放浪している。
自分のことをいわなかったが、オレも家族もマイナスなんだ。自慢できるものは何もない。親父は倒産して首を括ったし、兄貴は警察に追われて自殺した。オレは高校を辞めざるを得なかったし、才能も学歴もないオレに将来の展望はない。
オレはマイナスの宿命を引き摺っている。自分をリセットしたい、宿命をゼロにしたい。どうしたらゼロになれるか。
オレはゼロになれるのか・・世界をリセットしなければ出来ないのか。
サホのような真っ直ぐな子に出会えて幸せだった。・・アリガトウ・・サヨウナラ。」
ああ、そうだったのか!若いのに疲れて淋しそうな姿、罵ったときの辛そうな、悲しそうな、必死で何かに耐えている表情。サホは浅はかだった。取り返しのつかないことをした。悔やんでも悔やみきれない。こみ上げるように涙が溢れました。ぼうだの涙を拭おうともせず泣きじゃくりました。
どれくらい泣き続けたでしょう。
返信しようにも電波が届かず、涙に濡れた携帯を眺めていると、青空とビルの画像に飛行機が写っているのです。
これってどこかで見たことがある。・・もしかして、9・11同時多発テロの写真?・・世界貿易センタービルに旅客機が激突するシーン?
「オレはゼロになれるのか・・世界をリセットしなければ出来ないのか。」と書かれています。そのとき突然、ゲバラのポスターを見ながら呟いた言葉を思い出したのです。
「人間はいずれ死ぬ、問題は死に方だ。1番凄い奴は殺される、2番目は自殺する、普通の人間はベッドで死ぬ。・・オレはどれでもない、殺して死ぬ。」
了
作品名:サホとアキラとチェゲバラ 作家名:カンノ